判例
民法民法判例百選Ⅱ第9版30
建物根抵当権設定登記抹消登記請求事件
債権者の担保保存義務
全文
主 文
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理 由
上告代理人柴田耕次、同山村忠夫の上告理由第一について
一 原審が適法に確定した事実関係の概要は、次のとおりである。
(1) Dは、
Eの実姉であって、被上告人のEに対する求償金債権を担保するために、その所有する原判決別紙物件目録記載の不動産(以下「本件不動産」という。)に根抵当権を設定したが、その設定契約には民法五〇四条に規定する債権者の担保保存義務を免除する旨の特約(以下「本件特約」という。)が付されていた。
(2) 被上告人
は、その後、Eに追加融資をするのに伴い、右根抵当権の共同担保として、Eからその所有する不動産に根抵当権(以下「本件追加担保」という。)の設定を受けた。
(3) 被上告人は、Dの死亡後に、Eから追加融資分の残元利金全額の弁済を受けるのに伴い、本件追加担保を放棄した。
(4) 上告人は、Dの子であって、右放棄
の後、遺産分割又は他の相続人らからの買受けにより本件不動産を取得したものであるが、本訴により、被上告人に対し、民法五〇四条による免責の効果を主張して根抵当権設定登記の抹消登記手続を求めた。
原審は、右事実関係の下において、本件特約の存在を理由に、民法五〇四条による免責の効果が生じていないものとして、上告人の請求を認容した第一審判決を取り消し、上告人の請求を棄却した。
所論は、要するに、本件において被上告人が本件特約の効力を主張することは信義則違反又は権利の濫用に当たり、また、物上保証人からの第三取得者である上告人に本件特約の効力を及ぼすべきでないから、いずれにしても、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違背があるというのである。
二 債務の保証人、物上保証人等、弁済をするについて正当な利益を有する者(以下「保証人等」という。)が、債権者との間で、あらかじめ民法五〇四条に規定する債権者の担保保存義務を免除し、同条による免責の利益を放棄する旨を定める特約は、原則として有効であるが(最高裁昭和四七年(オ)第五五五号同四八年三月一日第一小法廷判決・裁判集民事一〇八号二七五頁参照)、債権者がこの特約の効力を主張することが信義別に反し、又は権利の濫用に当たるものとして許されない場合のあり得ることはいうまでもない。しかしながら、当該保証等の契約及び特約が締結された時の事情、その後の債権者と債務者との取引の経緯、債権者が担保を喪失し、又は減少させる行為をした時の状況等を総合して、債権者の右行為が、金融取引上の通念から見て合理性を有し、保証人等が特約の文言にかかわらず正当に有し、又は有し得べき代位の期待を奪うものとはいえないときは、他に特段の事情がない限り、債権者が右特約の効力を主張することは、信義則に反するものではなく、また、権利の濫用に当たるものでもないというべきである。
これを本件についてみると、原審が適法に確定したところによれば、前記の事実に加えて、次の事実を指摘することができる。
(1) 被上告人のEに対する融資
は計四億円であったが、その実行は二回に分割され、まず本件不動産についての根抵当権設定時にその担保価値に見合うものとして一億五〇〇〇万円が、次いで本件追加担保設定時にほぼその担保価値に見合うものとして二億五〇〇〇万円が貸し付けられた。
(2) 追加融資分の弁済は、本件追加担保の目的物件の売却代金によっ
てされた。
(3) 本件追加担保の放棄に際し、被上告人は、Eに対してDの相続人
らの了解を得ることを求めたが、Eが、その時間的余裕がないので直ちに右放棄をするよう強く要請し、かつ、Dの相続人らには異議の申立てをさせない旨の念書を差し入れたので、Eの右物件売却に協力する趣旨でこれに応じた。
この事実関係からすると、被上告人が本件追加担保を放棄したことは、金融取引上の通念から見て合理性を有し、本件不動産を担保として提供したD及びその相続人らの本件追加担保への正当な代位の期待を奪うものとはいえないから、他に特段の事情のあることの主張立証のない本件においては、被上告人がDの相続人らに対し本件特約の効力を主張することは、信義則に反するものではなく、また、権利の濫用に当たるものでもないというべきであり、したがって、右放棄によっては民法五〇四条による免責の効果は生じなかったというべきである。
三 債権者が担保を喪失し、又は減少させた後に、物上保証人として代位の正当な利益を有していた者から担保物件を譲り受けた者も、民法五〇四条による免責の効果を主張することができるのが原則である(最高裁昭和六一年(オ)第一一九四号平成三年九月三日第三小法廷判決・民集四五巻七号一一二一頁参照)。しかし、債権者と物上保証人との間に本件特約のような担保保存義務免除の特約があるため、債権者が担保を喪失し、又は減少させた時に、右特約の効力により民法五〇四条による免責の効果が生じなかった場合は、担保物件の第三取得者への譲渡によって改めて免責の効果が生ずることはないから、第三取得者は、免責の効果が生じていない状態の担保の負担がある物件を取得したことになり、債権者に対し、民法五〇四条による免責の効果を主張することはできないと解するのが相当である。
本件においては、被上告人が本件追加担保を放棄した時には、前示のとおり、本件不動産の当時の所有者であるDの相続人らとの関係において民法五〇四条による免責の効果は生じなかったのであるから、上告人は、右相続人らから本件不動産の譲渡を受けた第三取得者であるとしても、免責の効果が生じていない状態の根抵当権の負担のある本件不動産を取得したものであって、被上告人に対し、民法五〇四条による免責の効果を主張することはできない。
四 所論の点に関する原審の判断は、以上の趣旨に帰するものであるから、これを正当として是認することができる。原判決に所論の違法はなく、論旨は採用することができない。
その余の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断及び措置は、原判決挙示の証拠関係及び記録に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものであって、採用することができない。
よって、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
最高裁判所第二小法廷
裁判長裁判官
中島敏次郎
裁判官
大西勝也
裁判官
根岸重治
裁判官
河合伸一