判例
民事訴訟法民事執行・保全判例百選第3版98
処分禁止の仮処分の効力(1)
全文
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# 処分禁止の仮処分の効力(1)
——禁止される行為の範囲
大阪高裁平成7年10月9日決定
(平成7年(ラ)第536号:不動産競売手続取消決定に対する執行抗告事件)
(判タ901号260頁,金判993号26頁)
早稲田大学教授
菅原郁夫
すがわら いくお
## 事実の概要
X(抗告人)は,訴外A所有名義の本件土地,および本件建物に対し,それぞれ昭和63年6月28日,平成3年7月25日設定の共同根抵当権(以下「本件根抵当権」とする)を平成3年10月11日に譲渡を受け有しており,その根抵当権に基づき不動産競売の申立てをし,平成6年3月4日に競売開始決定を得,同月7日にその旨の差押登記をなしていた。これに対し,Y₁・Y₂(相手方)は,本件土地,建物の持分2分の1(Yらの持分各4分の1)について,昭和63年7月4日,自らを債権者,訴外Aを債務者とし,所有権移転登記請求権を被保全権利とする処分禁止仮処分の決定(以下「本件仮処分」とする)を得ており,同月5日にその旨の登記をなしていた。その後,Yらは本件仮処分の本案訴訟において勝訴し,平成7年4月27日,本件土地,建物についてYらを権利者とする真正な登記名義の回復を原因とする持分各4分の1の所有権一部移転登記をなすとともに,本件根抵当権の前記譲渡は,本件仮処分に抵触し,Yらに対抗できないとして,競売開始決定の取消しを求め,執行異議を申し立てた。原裁判所(大阪地決平成7・7・31判タ[参]901号262頁)は,根抵当権の設定および譲渡は,本件仮処分が禁止した処分行為に当たるとし,本件土地については,Yらの持分に相当する土地についての本件根抵当権の譲渡の効力は否定されるが,本件根抵当権が本件土地の持分全部に設定され,その実行により本件土地全体が差押えの対象とされている以上,本件仮処分の効力の及ばないAの持分に関してのみ本件根抵当権の譲渡を認めることはできないことを理由とし,結論として本件土地に関する本件根抵当権の譲渡の効力すべてを否定した。また,設定登記の後れる本件建物についてはYらの各持分に関する限り本件根抵当権の設定の効力が否定されるとした。その結果,本件土地についての競売開始決定および本件建物についての競売開始決定中Yらの各持分に関する部分を取り消した。これに対し,Xが,根抵当権の譲渡は,処分禁止の仮処分にいう処分行為には該当しないとして,執行抗告を申し立てたのが本件抗告審である。
## 決定要旨
一部取消自判(確定)。
「処分禁止仮処分は不動産登記法1条[現行3条]所定の処分の制限に該当するものとして登記されるものであり,その処分制限を第三者に対抗する趣旨に出るものであって,係争不動産の譲渡等で登記名義人が変更することによって本案訴訟の道行が無意味なものとならないよう,係争不動産の登記名義人を固定した上,仮処分の債権者が本案訴訟で勝訴した場合などにおける登記請求権の実現を保全するためにされるものである。
他方,根抵当権の譲渡についての処分とは,根抵当権
者のする根抵当権の譲渡行為がこれに該当するものであり,上記の処分禁止仮処分に優先してされた根抵当権の移転についてする,民法398条の12第1項所定の根抵当権設定者の承諾はここにいう処分に該当せず,処分禁止仮処分で禁止される処分にも該当するものではないと解するのが相当である。ただし,根抵当権設定者の承諾については,第三者に対する関係での対抗問題は生じないのであり,処分禁止仮処分債権者が本案判決で仮処分債務者である所有名義人に対する勝訴判決を得た場合には,当該処分禁止仮処分に優先する根抵当権が譲渡されたことによる根抵当権設定登記の移転登記がされていても,仮処分債権者が勝訴判決に基づく所有権移転登記を申請するのに障害となるものではないからである。すなわち,従前からの解釈を踏襲して規定された民事保全法58条第1項は,不動産の登記請求権を保全するための処分禁止仮処分の効力として,仮処分登記の後にされた登記に係る権利の取得又は処分の制限は,被保全権利の登記請求権に係る登記をする場合に,その登記に係る権利の取得又は消滅と抵触する限度において,その債権者に対抗することができないとしているが,処分禁止の仮処分登記に優先する根抵当権の移転の登記は,同条項所定の『登記に係る権利の取得又は消滅と抵触する』ものではない。」
## 解説
1. 本件は,所有権移転登記請求権を被保全権利とする処分禁止の仮処分後に,当該仮処分前に設定されていた根抵当権の譲渡を行うことが,仮処分債権者に対抗し得るか否かが争われた事案である。
2. 処分禁止の仮処分は,係争物に関する法律関係を固定し(当事者恒定効),民事訴訟法が採用する訴訟承継主義から生じる仮処分債権者の不利益を回避するための制度であると理解される(八木一洋=関連之編著『民事保全の実務(下)[第3版増補版]』[2015]306頁[深見敏正])。そして,民事保全法53条は,不動産に関する権利を保全するための不動産の処分禁止仮処分は登記による旨を規定し,同58条1項は,処分禁止の登記の後になされた登記に係る権利の取得または処分の制限は,仮処分債権者が保全すべき登記請求権に係る登記をする場合には,その登記に係る権利の取得または消滅と抵触する限度において債権者に対抗することができない旨を規定している。しかし,具体的にいかなる権利が債権者に対抗し得ないかは,解釈による部分も大きい。
民事保全法58条は,上記の点に関し,それまで規定がなく,解釈に基づく実務の運用に任されていたものを,その適正化を図るべく明文化されたものである。処分禁止の仮処分に違反してなされた仮処分債務者の行為は,仮処分債権者に対してのみその目的物の処分をもって対抗できないとどまるという,いわゆる相対的効力説を
別冊 Jurist No.247
とることは同条の施行前においても判例(大判大正12・5・21民集2巻305頁)で確立していた点である。そのほか、処分禁止の仮処分前の処分行為に基づく権利取得であってもその登記が処分禁止の仮処分後になされた場合には、それをもって仮処分債権者に対抗できないとした判例(最判昭和30・10・25民集9巻11号1678頁)、また、処分禁止の仮処分命令の効力に関して、仮処分命令により売買その他の処分行為を禁止された不動産の所有者は、絶対的にその物件に対する処分権を失うのではなく、仮処分債権者に対する関係においてこれを処分することができないにすぎない旨を明らかにし、仮処分債権者が処分禁止の仮処分後になされた所有権移転登記の抹消を求めたのに対し、それを否定したもの(最判昭和37・6・8民集16巻7号1283頁)などがある。これらの解釈は民事保全法施行以降も引き継がれているものと思われる。
さらに、民事保全法施行後の学説は、処分禁止の仮処分の効果に関し、当該仮処分によって保全されている登記請求権が、その後になされた第三者の登記に係る権利の取得等によって本来の内容を制限される場合には、当該第三者の登記に係る権利の取得等は、仮処分と抵触するものとみなされ、仮処分債権者には対抗できないと解している。ここでいう対抗とは民法177条に定められたものと同義であるとされる(松浦馨=三宅弘人編『基本法コンメンタール 民事保全法(別冊法セ)』306頁[荒井史男=岡田健])。したがって、たとえば、所有権移転登記請求権を被保全権利とする処分禁止の仮処分後になされた、第三者への所有権の移転登記、当該所有権に対する処分制限の登記、先取特権の保存登記、抵当権の設定登記などは仮処分債権者に対抗できないものと解されている。しかし、これに対し、抵当権移転登記請求権を被保全権利とする処分禁止の登記がなされた場合、所有権の移転登記、当該所有権に対する処分制限の登記、別の抵当権の設定行為などは、仮処分債権者の抵当権取得には抵触しないと解される。また、所有権移転登記請求権を被保全権利とする仮処分の場合にも、当該仮処分と抵触するにもかかわらず例外的に第三者がその権利を対抗できる場合も認められている。たとえば、所有権移転登記請求権を被保全権利とする処分禁止の登記後に抵当権移転登記がなされているが、抵当権の設定登記は処分禁止の仮処分前になされている場合、当該抵当権の移転登記や、当該抵当権に基づく競売開始決定は、処分禁止の登記前の抵当権が仮処分債権者に対抗できることから抵触はないとされる。さらには仮処分債権者がいわゆる背信的悪意者などに該当し、第三者が登記なくしてその権利を仮処分債権者に対抗できる場合などがあるとされる(このほか、破産法[42条2項]等の規定により抵触が生じない場合もある。その点も含め詳細は、山本和彦ほか編『新基本法コンメンタール 民事保全法(別冊法セ)』231頁以下[近藤隆司])。以上の考えを総合するならば、民事保全法58条は、仮処分債権者と債務者・第三者との関係を、基本的には登記の前後を基準とする対抗力によって決定しようとするものであるが、仮処分債権者に対抗する債務者・第三者が仮処分前に取得していた権利を実行・移転するにすぎない場合、および登記なくして自らの権利を対抗し得る場合には、仮処分債権者に自らの権利を主張できるとするものといえよう。
3 以上の判例・学説の状況のもと、本決定は、処分禁止の仮処分の目的を当事者恒定効に求め、当該仮処分の対象を不動産登記法所定の登記に限定し、根抵当権設定権者の譲渡承諾は処分禁止仮処分で禁止の対象となる処分に該当するものではないとした。ただし、本件根
抵当権者は仮処分前に有していた権利を譲り受け、実行したにすぎず、仮処分の効力は及ばないからであるとしている。この判断は前述の学説上肯定されてきた点を承認したものといえよう。これに対し、原審は、「一度譲渡されると、当該根抵当権は譲受人に絶対的に移転し、譲受人の債権であって当該根抵当権について定められている債権の範囲に属し、かつ当該根抵当権について定められている債務者に対するものは全て担保され、この債権は譲受け後に取得されるものも当然含まれるので、極度額で上限が画されているとはいえ、譲受け前の被担保債権額以上の債権を負担させられるおそれがあるなど、仮処分権利者に不測の損害を与え兼ねないから」との理由で、根抵当権の譲渡行為も処分禁止仮処分にいう処分行為に当たると解している。また、学説上も、根抵当権の被担保設定基準の変更についての決定権は抵当不動産の所有者にあり、この承諾権の存在が、抵当不動産所有者や後順位抵当権者の利益に対する侵害への防波堤になり得るとの視点から、本決定を消極に解する立場もある(鈴木禄弥『根抵当法概説[第3版]』[1998]282頁)。原審およびこの学説の指摘は、処分禁止の仮処分の目的を、単に当事者を恒定し、登記間の対抗関係を明らかにするということ以上に、仮処分時点での仮処分債権者の有する土地の実質的な担保価値の保全を目的としているともとれる。いずれの立場に与すべきかは、処分禁止の仮処分の目的および根抵当権譲渡に対する根抵当権設定者の承諾の意義の理解にかかる。本件に限ってみるならば、Yらの意図は、根抵当権の譲渡を制限することによって被担保額の安定を図るというよりも、むしろ譲渡を否定することによって競売開始決定を取り消すことに目的があったように思える。その意味で目的は、あくまでも所有権移転登記請求権の保全であったといえる。また、根抵当は、その確定前には極度額の範囲内で担保額が変動するのは根抵当設定時において予想すべきことであり、根抵当権設定者はいわばその最大の担保額である極度額までの負担は当然に覚悟すべきとの立場もあろう。それらの立場からすれば、本件抗告審の判断は肯定されるべきであろう(とくに批判なく本決定を引用するものとして、平野哲郎『実践民事執行法民事保全法[第2版]』[2013]341頁、加藤新太郎=山本和彦編『裁判例コンメンタール民事保全法』[2012]537頁以下、山本ほか編・前掲新基本法コンメンタール231頁[近藤]など)。しかし、本件抗告審の判断を肯定したとしても、本件原審や前述の学説が指摘するように、被担保債権の実質増額等に対する歯止めとしての処分禁止の仮処分の必要性も否定できないようにも思える。その場合の被保全権利は何になるかといった点はさらに議論をしなくてはならないところではあるが、本件のような所有権移転登記請求権を被保全権利とする処分禁止の仮処分とは別に、所有者に対して根抵当権譲渡の承諾をなすことを禁ずる仮処分といったものも検討してみる価値はあるように思える(鈴木・前掲283頁参照。なお、加藤=山本編・前掲538頁は、被保全権利が抵当権移転登記請求権であった場合、当該抵当権に基づく競売開始決定も仮処分と抵触する旨を指摘する)。
[参考文献]
本文中に掲げたもののほか、本件解説として、岡本岳・平成5年度主要民事判例解説(判タ945号)302頁がある。