判例
民事訴訟法民事執行・保全判例百選第3版5
仲裁判断に対する執行決定
全文
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# 仲裁判断に対する執行決定
大阪地裁平成23年3月25日決定
(平成22年(仲)第3号:仲裁判断に基づく執行決定申立事件)
(判時2122号106頁,判タ1355号249頁,金法1931号122頁)
中央大学教授
猪股孝史
いのまた たかし
## 事実の概要
X(申立人。中国法人)は、平成19年9月27日、Y(被申立人。日本法人)と単結晶シリコン棒の売買契約を締結したが、この契約から紛争が生じたので、Yとの仲裁合意に基づき、平成21年8月28日、中国国際経済貿易仲裁委員会(以下「本件仲裁委員会」という)に仲裁を申し立てたところ、本件仲裁委員会は、平成22年5月20日付けで、Yに対しXへ50万米ドル余りの支払いを命じる旨の本件仲裁判断をした。
そこで、Xは、裁判所に対し、仲裁法46条2項所定の文書(本件仲裁判断に係る仲裁判断書の写し、当該写しの内容が仲裁判断書と同一であることを証明する文書、そして仲裁判断書の日本語による翻訳文)を提出し、本件仲裁判断の執行決定を求める申立てをした。Yは、本件申立ての審理期日に出頭したが、執行拒絶事由(仲裁45条2項各号)につき何らの主張・立証をしなかった。なお、わが国と中国は、「外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約」(以下「ニューヨーク条約」という)の締約国であり、「日本国と中華人民共和国との間の貿易に関する協定」(以下「日中貿易協定」という)を締結している。
## 決定要旨
裁判所は、本件仲裁判断に基づいて強制執行することを許可した。
I 本件仲裁判断の執行決定に係る準拠法について
「本件仲裁判断の承認及び執行については、本件仲裁判断が中国の仲裁判断であることに鑑み、ニューヨーク条約及び日中貿易協定が適用されると解すべきである。」
「ニューヨーク条約7条1項は、『この条約の規定は、締約国が締結する仲裁判断の承認及び執行に関する多数国間又は二国間の合意の効力に影響を及ぼすものではなく、また、仲裁判断が採用される国の法令又は条約により認められる方法及び限度で関係当事者が仲裁判断を利用するいかなる権利をも奪うものではない。』と規定する。これは、同条約の締約国が仲裁判断の承認及び執行に関する他の条約を締結している場合には、ニューヨーク条約と当該他の条約との関係がいわば一般法と特別法の関係にあるものとして、当該他の条約を適用することを規定したものと解される。」
「すると、本件仲裁判断の執行については日中貿易協定が適用されることとなるが、同協定8条4項は、『両締約国は、仲裁判断について、その執行が求められる国の法律が定める条件に従い、関係機関によって、これを執行する義務を負う。』と規定する。したがって、『執行が求められる国』である我が国の『法律が定める条件』が適用されることになる。」
「我が国においては、仲裁判断の執行の条件を定める法律として、仲裁法(第8章)が存在し、同法45条1項は、仲裁判断の執行には、同法46条所定の執行決定を要する旨を定め、同条7項、8項、同法45条2項は、執行決定の要件を定めている。結局、本件においては、これら仲裁法の規定に基づき、本件仲裁判断の執行決定の要件を判断すべきこととなる。」
II 本件仲裁判断の執行決定の要件について
「仲裁法46条8項によれば、同法45条2項各号に掲げる事由のいずれかがあると認める場合に限り、本件申立てを却下することができる。そして、仲裁法45条2項1号から7号までに掲げる事由にあっては、Yが当該事由の存在を証明した場合に限り、これを認めることができる(仲裁法46条8項かっこ書)。しかしながら、Yは、この点につき何らの立証をしない。したがって、これらの事由を認めることはできない。」
また、仲裁法45条2項8号および9号に掲げる事由については、「本件仲裁事件は、単結晶シリコン棒の売買契約に関する紛争を対象とする事件であり、我が国の法令によれば、仲裁合意の対象とすることができない紛争に関するもの(仲裁法13条1項参照)と認めることはできない」。「一件記録を精査しても、本件仲裁判断の内容が、我が国における公序良俗に反するものであると認めることもできない」。
## 解説
### 1 本決定の意義
仲裁判断は、確定判決と同一の効力を有する(仲裁45条1項本文)が、仲裁判断に基づいて民事執行をするには、執行決定(仲裁判断に基づく民事執行を許す旨の決定)を求める必要がある(仲裁45条1項ただし書・46条1項)。
本決定は、中国でされた本件仲裁判断につき執行決定が求められた事件で、日中貿易協定を適用し、わが国の仲裁法の定める条件にしたがって執行決定の要件を判断すべきことを明らかにし、執行決定をしたものである。
### 2 執行決定につき適用される法規範
(1) 仲裁法45条・46条(仲裁法第8章の規定)は、仲裁地が日本国内にある場合であると否とを問わず、適用される(仲裁45条1項かっこ書・3条3項)から、本件仲裁判断には、わが国の仲裁法が適用される。他方、ニューヨーク条約は、他の締約国の領域でされた仲裁判断に適用される(同条約1条1項・3項参照)から、本件仲裁判断にはニューヨーク条約が適用され、また、日中貿易協定は、仲裁判断については「その執行が求められる国の法律の定める条件に従い」「これを執行する義務を負う」
別冊 Jurist No.247
(同協定8条4項) と定めるから、本件仲裁判断には日中貿易協定が適用されると考えられる。そうすると、わが国の仲裁法、ニューヨーク条約、そして日中貿易協定の適用関係はどうであるかが問題となる。
(2) 一般に、わが国では、条約が法律に優先すると解されている(憲98条2項参照。ただし、堤龍弥・JCAジャーナル60巻7号9頁は、端的にわが国の仲裁法が適用されるとする解釈も可能でないかとする)。そう解するにせよ、わが国は、昭和36年にニューヨーク条約の締約国となり、昭和49年に中国と日中貿易協定を締結しており、中国は、昭和62年にニューヨーク条約の締約国となっていて、ニューヨーク条約と日中貿易協定との適用関係が問題となる。
裁判例は、ニューヨーク条約7条1項の趣旨は承認・執行にあたっての制限の最大限度を画ることにあり、結局はニューヨーク条約が適用されることになるとしたもの(東京地判平成7・6・19判タ919号252頁。なお、東京地判平成6・1・27判タ853号266頁)と、本決定と同じく、ニューヨーク条約7条1項からすれば一般法と特別法の関係にあるとして、日中貿易協定が優先的に適用されるとしたもの(横浜地判平成11・8・25判時1707号146頁。東京地判平成5・7・20判時1494号126頁も同旨か。なお、岡山地判平成5・7・14判タ857号271頁)に分かれる。
学説をみると、ニューヨーク条約7条1項から2国間条約の優先を認めるべきとする見解(山本和彦=山田文『ADR仲裁法[第2版]』[2015]386頁[山本])や、同じくニューヨーク条約7条1項の趣旨や起草過程での議論から承認・執行にあたっての制限の最大限度を画したものだとして、ニューヨーク条約より緩やかな条件の範囲内でのみ他の条約が適用されるとする見解(阿川清道『外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約について(下)』ジュリ232号49頁、小林秀之=村上正子『国際民事訴訟法』[2009]214頁など。なお、松浦馨『外国仲裁判断の承認と執行の問題点』染野義信博士古稀記念『民事訴訟法の現代的構築』[1989]224頁)がある。
しかしながら、そうした学説の説くところは、ニューヨーク条約そのものの趣旨としてはともかく、同7条1項の文理からは必ずしも明快とはいえない。ニューヨーク条約7条1項は、前段でこの条約は他の条約に影響を及ぼさないことを、後段では承認・執行が求められた国で認められている国内法や他の条約によることは妨げられないことを、それぞれ定めるにすぎないからである。また、条件が緩やかであるかどうかは一義的に判定しがたいところがあるし、あるいは、ニューヨーク条約と日中貿易協定の関係で、特別法優位とか後法優位とかの原則が直ちに妥当するといえるのかも疑わしい(高杉直・リマークス2012(下)121頁参照)。そうだとすると、ニューヨーク条約7条1項の文言からは、執行を求める当事者は、適用があるかぎりで、国内法によるかいずれの条約によるかを選択することができると解するのが素直であろう(高桑昭『国際商事仲裁法の研究』[2000]170頁、本間靖規ほか『国際民事手続法[第2版]』[2012]248頁[中野俊一郎]、中村達也・ジュリ1440号320頁、高杉・前掲121頁、小島武司=猪股孝史『仲裁法』[2014]650頁など)。このように解したとしても、当事者は自らに有利と考える国内法や条約を当然に選択するであろうから、ニューヨーク条約そのものの趣旨を没却することにはなるまい。
(3) そうではなく、本決定のように本件仲裁判断の執行は日中貿易協定によるとすると、その8条4項にいう「執行が求められる国の法律」が定める条件とは何かが問題となる。本決定は、わが国の仲裁法だとした(前掲東京地判平成5・7・20も同旨。ただし、旧法)が、裁判例には、ニューヨーク条約だとしたもの(前掲横浜地判平成11・8・25)もある。
学説には、前掲東京地判平成5・7・20を支持し、わが国の仲裁法と解するのも可能だとする見解(八田卓也・ジュリ1121号153頁。山本=山田・前掲386頁[山本]は本決定を引用して同旨)もあるが、日中貿易協定は強制執行の条件と手続にかかり、要件はニューヨーク条約によるとして(道垣内正人=早川吉尚『主要な外国の仲裁判断の日本における執行』松浦馨=青山善光編『現代仲裁法の論点』[1998]455頁、谷口安平=井上治典編『新・判例コンメンタール民事訴訟法(6)』[1995]739頁[青山善光]など)、あるいはまた、ニューヨーク条約は直ちに国内法効力を有し、条約が法律に優先するとして(吉野正三郎=齋藤明美『中国の仲裁判断の日本における承認と執行――最近の裁判例を中心に』判タ861号32頁、高桑・前掲172頁、中村・前掲320頁など)、ニューヨーク条約によるとする見解がむしろ多数である。
仲裁判断を執行するのに「執行が求められる国の法律」、すなわち「わが国の法律」が定める条件を適用するというなら、わが国の仲裁法かニューヨーク条約を適用することになるが、結局のところ、ここでもニューヨーク条約7条1項からは当事者の選択によるのでよいことになるだろう(高杉・前掲121頁)。
(4) もとより、わが国の仲裁法はUNCITRAL国際商事仲裁モデル法に準拠して立法され、UNCITRALモデル法の承認・執行要件はニューヨーク条約のそれと実質的に同一であるから、わが国の仲裁法によるのであれニューヨーク条約によるのであれ、具体的帰結は実質的に異ならない(三木浩一・本百選(第1版)21頁、猪股孝史・本百選(第2版)16頁)。ただし、執行を求めるのに必要な提出書類として、ニューヨーク条約4条1項(b)は仲裁合意書の原本・謄本を要求するのに対し、わが国の仲裁法46条2項はそれを必要としないなど、まったく違いがないわけでもない(わが国の仲裁法は、ニューヨーク条約よりも緩和された規律であることにもつき、近藤昌昭ほか『コンメンタール仲裁法』[2003]270頁)。
## 3 執行決定と執行拒絶事由の主張・立証
執行決定を求める申立ては、執行拒絶事由(仲裁45条2項各号)があると認める場合にかぎり、却下することができる(仲裁46条8項)が、却下する場合以外は、執行決定をしなければならない(仲裁46条7項)。執行拒絶事由には、本決定で判示されたように、当事者が主張・立証すべき事項(仲裁45条2項1号~7号)と、職権探知事項、すなわち仲裁可能性欠陥と公序違反(同項8号・9号)とがある。
本決定は、(被申立人)であるYは執行拒絶事由につき何らの主張・立証をしておらず、裁判所において仲裁可能性欠陥や公序違反も認められないとして、執行決定をしたものである。
[参考文献]
本文中に掲げたもの。