判例
知的財産法商標・意匠・不正競争判例百選第2版66
審決取消請求事件
周知性とアンケート調査
全文
主 文
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
事 実 及 び 理 由
第1 原告の求めた裁判
特許庁が無効2016-800087号事件について平成29年4月11日にした審決を取り消す。
第2 事案の概要
本件は,特許無効審判請求の不成立審決の取消訴訟である。争点は,進歩性の判断の誤り(相違点の判断の誤り)の有無である。
1 特許庁における手続の経緯
被告は,名称を「美容器」とする発明につき,平成23年11月16日に特許出願(特願2011-250915号。以下「原出願」という。)をし,さらに,平成26年9月26日に原出願を分割出願(特願2014-197056号)し,平成27年12月4日,設定登録を受けた(特許第5847904号〔請求項の数は2である。〕。甲13,甲14)。
原告は,平成28年7月21日,上記請求項1及び2に係る発明(以下,請求項1に係る発明を「本件発明1」,請求項2に係る発明を「本件発明2」といい,本件発明1及び2を併せて「本件発明」という。)を無効にすることについて特許無効審判を請求した(無効2016-800087号)。
これに対し,特許庁は,平成29年4月11日,本件審判の請求は成り立たない旨の審決をした。その謄本は,同月20日,原告に送達された。
2 本件発明の要旨
本件発明(以下,本件発明に係る特許を「本件特許」という。)の特許請求の範囲の記載は,次のとおりである。「【請求項1】
基端においてハンドルに抜け止め固定された支持軸と,
前記支持軸の先端側に回転可能に支持された回転体とを備え,その回転体により身体に対して美容的作用を付与するようにした美容器において,
前記回転体は基端側にのみ穴を有し,回転体は,その内部に前記支持軸の先端が位置する非貫通状態で前記支持軸に軸受け部材を介して支持されており,
軸受け部材は,前記回転体の穴とは反対側となる先端で支持軸に抜け止めされ,前記軸受け部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出るとともに,軸受け部材は係止爪の前記基端側に鍔部を有しており,同係止爪は前記先端側に向かうほど軸受け部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有し,
前記回転体は内周に前記係止爪に係合可能な段差部を有し,前記段差部は前記係止爪の前記基端側に係止されるとともに前記係止爪と前記鍔部との間に位置することを特徴とする美容器【請求項2】
前記軸受け部材は合成樹脂製であることを特徴とする請求項1に記載の美容器。」
3 審決の理由の要点
(1) 審決の判断の概要等
審決は,原告が主張する進歩性欠如の無効理由に対し,本件発明は,実開平6-36635号公報(以下,「甲1公報」といい,甲1公報に記載されている発明を「甲1発明」という。)に対し,特開2002-340001号公報(以下,同公報に記載されている技術事項を「甲3事項」という。),実公平8-9455号公報(以下,同公報に記載されている2つの技術事項を,それぞれ「甲4-1事項」,「甲4-2事項」といい,併せて「甲4事項」という。)に記載されている各技術事項を適用して,当業者が容易に発明することができたものであるとはいえず,本件特許を無効にすることはできないと判断した。
審決が認定した甲1発明,甲3事項及び甲4事項の内容,本件発明1と甲1発明の一致点及び相違点は,次のとおりである。
(2) 甲1発明
甲1発明は,次のとおりである。
「ハンドルの先端部に両側に延びるように固着された1個の軸12と,
軸12の先端側に回転可能に支持されたマッサージ部材18とを備え,そのマッサージ部材18により美容作用やマッサージ作用を得られるようにした美容マッサージ器において,
マッサージ部材18は,基端側にのみ穴を有し,マッサージ部材18は,その内部に前記軸12の先端が位置する非貫通状態で前記軸に筒体15を介して支持されており,筒体15は,マッサージ部材18の穴とは反対側となる軸12の先端で抜け止めされ,筒体15からは断面矩形状の段部17が突き出ており,マッサージ部材18は内周に段部17に係合可能な突出部を有し,突出部は,段部17の基端側に係止される,美容マッサージ器。」
(3) 甲3事項
甲3事項は,次のとおりである。「支持板へ挿通されて固定されるフランジ付き滑り軸受11であって,弾性係止片11cが突出するとともに,弾性係止片11cの基端側にフランジ11bを有しており,弾性係止片11cは先端側に向かうほど回転中心との距離が短くなる斜面を有し,フランジが軸方向の位置決めを行い,弾性係止片11cが支持板に当接することにより抜け止めとして機能する滑り軸受。」
(4) 甲4-1事項
甲4-1事項は,次のとおりである。「薄板からなる取付部材4に固定する軸受3において,軸受3からは弾性変形可能な傾斜面部32が突き出るとともに,軸受3は傾斜面部32の基端側に鍔部31を有しており,傾斜面部32は先端側に向かうほど縮径する斜面を有し,鍔部31裏面が取付部材に当接するまで押圧され,軸受3の環状溝33が取付部材4に嵌合することにより固定される軸受3。」
(5) 甲4-2事項
甲4-2事項は,次のとおりである。「薄板からなる取付部材2に固定する軸受1において,軸受1から基端側に向けて斜方向に延設された二つの舌片部を備え,軸受1は舌片部12の基端側に鍔部11を有しており,鍔部11裏面と舌片部12の端部に形成された係止片部13との隙間に取付部材2を挟持することによりその軸方向の移動が阻止されて軸受の抜け止め手段を形成する軸受1。」
(6) 本件発明1と甲1発明との一致点
本件発明1と甲1発明とを対比すると,次の点で一致する。「ハンドルに固定された支持軸と,支持軸の先端側に回転可能に支持された回転体とを備え,その回転体により美容的作用を付与するようにした美容器において,前記回転体は,基端側にのみ穴を有し,回転体は,その内部に前記支持軸の先端が位置する非貫通状態で前記支持軸に軸受け部材を介して支持されており,軸受け部材は,回転体の穴とは反対側で抜け止めされ,軸受け部材からは係止片が突き出ており,回転体は内周に前記係止片に係合可能な段差部を有し,段差部は,係止片の基端側に係止される美容器」
(7) 本件発明1と甲1発明との相違点
本件発明1と甲1発明とを対比すると,次の5つの点において相違する。
ア 相違点1
本件発明1は,支持軸の基端においてハンドルに抜け止め固定されているのに対し,甲1発明の軸12は,1本の軸が軸の中央部分でハンドルに固定されるものであり,また,抜け止めされているか明らかでない点。
イ 相違点2
本件発明1は,軸受け部材は回転体の穴とは反対側となる先端で支持軸に抜け止めされているのに対し,甲1発明は,筒体15の先端ではなく軸12の先端で抜け止めされている点。
ウ 相違点3
本件発明1は,軸受け部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出ているのに対し,甲1発明は,筒体15から段部17が突き出ているものの弾性変形可能か明らかでない点。
エ 相違点4
本件発明1の軸受け部材は,係止爪の基端側に鍔部を有しており,係止爪は先端側に向かうほど軸受け部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有しているが,甲1発明は,鍔部を有しておらず,段部は断面矩形状である点。
オ 相違点5
本件発明1は,回転体の内周に,係止爪に係合可能な段差部を有し,段差部は係止爪の基端側に係止されるとともに係止爪と鍔部の間に位置するのに対し,甲1発明は,マッサージ部材18の内周の基端側に段部と係合する突出部を有しているに留まる点。
(8) 相違点についての判断
本訴において,原告が主張する取消事由に関連する部分のみを記載する。
ア 相違点3ないし5について
(ア) 甲1発明における筒体15の機能・作用
甲1発明における筒体15は,技術常識を踏まえて合理的に考えれば,軸12に対して回転する機能を有するものであって,その基端から先端でマッサージ部材18を支持する機能を有するものである。また,段部17は,断面矩形状の形状を有しており,軸方向(筒体の長手方向)に対してはマッサージ部材が抜けないよう支持する機能を有しているものと認められる。さらに,マッサージ部材が回転する際に,筒体15も軸12に対して回転することから,マッサージ部材18は筒体15と摩擦係合することにより,両者が一体となって回転するものと認められる。
(イ) 甲3事項における軸受の機能・作用
甲3事項の軸受は,支持板 に 挿 通さ れ て 固 定される軸受であって,軸を回 転 可 能に 支 承 す る機能を有し,フランジが軸方 向 の 位置 決 め を 行い,弾性係止片11cが支持板12に当接することにより抜け止めとして機能するものである。
(ウ) 甲4-1事項における軸受の機能・作用
甲4-1事項の軸受は,取付部材に固定される軸受であって,鍔部31裏面と傾斜面部32の端面との間に形成された環状溝33に取付部材が嵌合することにより,軸方向への移動が阻止されて軸受の抜け止め手段を形成するものである。
(エ) 甲4-2事項における軸受の機能・作用
甲4-2の軸受は,取付部材に固定される軸受であって,舌片部12の基端側に鍔部11を有しており,鍔部11裏面と係止片部13の段部14との隙間に取付部材を挟持することにより,軸方向への移動が阻止されて軸受の抜け止め手段を形成するものである。
(オ) 軸受によるマッサージ部材の支持について
上記(ア)ないし(エ)のとおり,甲1発明の筒体15は,その基端から先端の全体でマッサージ部材を支持する機能を有するものであるのに対し,甲3事項,甲4-1事項及び甲4-2事項における軸受(以下,併せて「本件従来軸受」という。)は,フランジ部(以下,甲3事項の「フランジ」と甲4-1事項及び甲4-2事項の「鍔部」を併せて「フランジ部」という。)と弾性片(以下,甲3事項の「弾性係止片」と甲4-1事項の「傾斜面部」及び甲4-2事項の「舌片部」を併せて「弾性片」という。)との間に板部材を挟むようにして固定するものであるから,本件従来軸受は,軸受の外周の弾性片の先端側で部材を支持するものではない。
また,本件従来軸受が外周の弾性片より先端側で部材を支持しようとすると,部材が弾性片に接触することにより弾性片が内方に変位して,軸受と板部材との係合が解除されるおそれもあることから,本件従来軸受は,弾性片より先端側で部材を支持することを想定しているともいい難い。
そうすると,甲1発明の筒体15は,その基端から先端の全体でマッサージ部材を支持するものであるところ,甲1発明に対し,本件従来軸受のように軸受の外周の弾性片より先端側で部材を支持しない軸受を適用すると,弾性片とフランジ部との間だけでマッサージ部材を支持することになるから,マッサージ部材を十分に支持することはできず,また,それに起因して,マッサージ部材と軸受の摩擦により一体となって回転することから,支持する長さが弾性片とフランジ部との間だけとなることによって,マッサージ部材の回転に軸受けを追従させることが困難となるおそれもある。
したがって,軸受により部材を支持するという観点からすると,当業者において,甲1発明に本件従来軸受を適用する動機付けを欠くものといわざるを得ない。
イ まとめ
以上によれば,相違点3ないし5に係る本件発明1の構成とすることは,当業者が容易になし得るものとは認められないから,その余の点について判断するまでもなく,本件発明1に係る特許を無効にすることはできない。また,本件発明2は,本件発明1を引用するものであるところ,本件発明1に係る特許を無効にすることができないから,本件発明1を引用する本件発明2に係る特許も,無効にすることはできない。
第3 取消事由に関する当事者の主張
取消事由に関する当事者の主張は,次のとおりである。なお,原告は,争点整理の結果,取消事由としては,相違点3ないし5の判断の誤りのみをいうものであり,その余の点については,取消事由の事情として主張するものと整理された(第2回弁論準備手続調書参照)。
1 原告の主張
審決は,本件従来軸受が板部材を挟むように固定することを前提とするものと限定的に認定した上,本件従来軸受は,軸受の外周の弾性片より先端側で部材を支持するものではないから,筒体全体でマッサージ部材を支持する構成である甲1発明に,本件従来軸受を適用する動機付けがないなどと判断する。
しかしながら,周知技術を考慮すれば,本件従来軸受を板部材への挿通以外に用いてもよいことは,当業者であれば技術常識であるといえるし,本件従来軸受の部材では,弾性片の先端に何らかの部材があったとしても,弾性片の係止が外れることはないから,弾性片の先端側に部材が設けられることを排除するものではない。そして,美容器の分野において,フランジ部を有する軸受け部材を用いて,支持軸の回りを回転体が回転するように構成することが周知の技術であることも踏まえれば,本件従来軸受を板に挿通するものに限定した審決の上記認定には,誤りがある。また,甲1発明の筒体は,軸受として機能していることから,弾性片とフランジ部を有する周知の軸受け部材の用途が限定されないという出願時の技術水準のほか,フランジ部を用いる軸受け部材が美容器に用いられているという出願時の技術水準を考慮すれば,筒体以外の軸受である本件従来軸受の軸受け部材を用いてマッサージ部材を回転可能に軸に支持することを容易に想到することができる。そして,マッサージ部材の内周の空隙が存在したとしてもマッサージ部材を用いたマッサージに何らの支障もなく,適宜,マッサージ部材の内周を小さくして軸受け部材の先端部に当接させ,又は軸受け部材の先端部を長軸に延長してマッサージ部材内周と当接させ,あるいは,その両方により両者を当接させることができ,これらの改変はいずれも設計事項である。
したがって,甲1発明に本件従来軸受を適用する動機付けがなく,当業者において本件発明が容易想到ではないとした審決の判断には,誤りがある。
2 被告の反論
原告は,本件従来軸受につき,周知技術を考慮すれば,板部材を挟むものに限定されるものではないし,軸受の先端部によっても支持することを排除するものではなく,先端部がマッサージ部材内周と当接するようにすることも,設計事項であるなどと主張する。
しかしながら,甲1発明に,本件従来軸受のような「フランジ部と弾性片との間のみで部材を支持し,弾性片より先端で部材を支持しない軸受」を適用すると,下図のように,甲1発明のマッサージ部材を,軸受のフランジ部と弾性片との間だけで支持することとなる(なお,下図は,甲3事項に係る軸受を図示するものであるが,甲4-1事項及び甲4-2事項に係る各軸受も,フランジ部と弾性片との間のみで部材を支持し,弾性片より先端で部材を支持するものではないから,マッサージ部材の支持態様は,右図と同様になる。)。
このように,軸受の軸方向にも延びる甲1発明のマッサージ部材を,本件従来軸受のフランジ部と弾性片との間だけで支持すると,マッサージ部材を十分に支持することができないおそれがあることは,上記図からも明らかである。
さらに,甲1発明のマッサージ部材18は筒体15と一体に回転するところ,マッサージ部材18と軸受とがフランジ部と弾性片との間だけで接触する上記図の構成では,マッサージ部材18の回転に軸受を追従させることが困難となるおそれがある。
したがって,本件従来軸受の機能等を踏まえると,甲1発明に本件従来軸受を適用する動機付けを欠くとした審決の判断には誤りはなく,原告の主張は,理由がない。
第4 当裁判所の判断
1 認定事実
(1) 本件発明について
本件発明の内容は,次のとおりのものと認められる(甲14)。
ア 発明の属する技術分野
本件発明は,回転体を身体上で転動させることにより,使用者に対して美肌効果等の美容的作用を付与するようにした美容器に関するものである(【0001】)。
イ 発明が解決しようとする課題
従来構成の美容器(特開2009-142509号公報)においては,ハンドルの先端に二叉部が設けられ,二叉部の先端には回転体が支持されている。そして,各回転体を身体の皮膚に押し付けて回転させることにより,身体に対して美肌効果等の美容的作用が付与されることになる。しかしながら,従来構成の美容器においては,回転体を支持するための軸等の支持構造は開示されていなかった。そこで,本件発明は,回転体を支持軸に対して回転可能に支持する構造を有する美容器を提供することを目的とするものである。(【0002】~【0004】)
ウ 課題を解決するための手段
上記の目的を達成するために,本件発明は,基端において抜け止め固定された支持軸と,前記支持軸の先端側に回転可能に支持された回転体とを備え,その回転体により身体に対して美容的作用を付与するようにした美 11 美容器容器である。 12 ハンドル
13 ベース体
14,15 カバー体
具体的には,前記回転体は基端側にのみ穴を有し,回転体 20 支持軸
25 軸受け部材
は,その内部に前記支持軸の先端が位置する非貫通状態で前 25a 係止爪
26 ストップリング
27 回転体
記支持軸に軸受け部材を介して支持されており,軸受け部材 28a 段差部
29 キャップ材
は,前記回転体の穴とは反対側となる先端で支持軸に抜け止 30 外被材めされ,前記軸受け部材からは弾性変形可能な係止爪が突き出るとともに,軸受け部材は係止爪の前記基端側に鍔部を有しており,同係止爪は前記先端側に向かうほど軸受け部材における回転体の回転中心との距離が短くなる斜面を有し,前記回転体は内周に前記係止爪に係合可能な段差部を有し,前記段差部は前記係止爪の前記基端側に係止されるとともに前記係止爪と前記鍔部との間に位置する。また,本件発明2は,本件発明1の特定事項に加え,前記軸受け部材は合成樹脂製であることを特徴とする美容器としたものである。(【0005】~【0007】)
エ 本件発明の効果
本件発明の構成によれば,回転体を支持軸に対して回転可能に支持することができるという効果を発揮する。そして,本件発明の美容器を使用する場合は,ハンドル12を把持して,回転体27を顔等の皮膚に当てて,その回転体27を転がすことによって,回転体27によって皮膚及びその下部組織が刺激されて,血行が良くなったり,毛穴が開いたりして,美容効果を得ることができる。(【0008】,【0017】)
(2) 甲1発明について
甲1発明の内容は,次のとおりのものと認められる(甲1)。
ア 発明の属する技術分野
甲1発明は,ゴム状弾性材料からなり,円柱状の表面に多数の凹所を形成し,皮膚の表面に添って転動させるマッサージ部材を有する美容マッサージ器に関するものである(【0001】)。
イ 発明が解決しようとする課題
従来,この種の美容マッサージ器では,顔その他の皮膚にマッサージ部材を押し当てて回転する場合,凹所の周囲が多少圧縮され弾性変形して凹所内の空気の一部を排出し,続いて,皮膚から離れる瞬間,皮膚を引っ張るような作用があり,これにより皮膚の汚れを吸い取り,マッサージをやり,血行を良くし,皮膚の活性化を図るものであり,美顔や痩身等のため用いられるものであった。しかしながら,従来の美容マッサージ器では,マッサージ部材の表面の弾性変形は極めて僅かであって十分な吸引作用が得られなかった。そこで,甲1発明は,この種の美容マッサージ器において,十分な吸引作用があって十分な美容作用やマッサージ作用が得られるようにした美容マッサージ器である。(【0002】,【0003】)
ウ 課題を解決するための手段
甲1発明は,ゴム状弾性材料からなり,円柱状の表面に多数の凹所を形成し皮膚の表面に添って転動させるマッサージ部材を有するものにおいて,当該マッサージ部材の各凹所の周囲に外方に僅かに突出した環状突出部が形成してあることを特徴とする美容マッサージ器を提供するものである。
具体的には,10は,ハンドルで,先端部に両側に延びるようにした1個の軸12が固着してある。この軸の両端部には,ねじ13が刻んである。15はこの軸の両端部からそれぞれ回転可能に嵌込んだ筒体で,ナット16をねじ部13に螺合させて抜け止めしてある。18は,ほぼ円柱状の表面を有するゴム状弾性を有する材料からなる2個のマッサージ部材で,両側の筒体15の外側にそれぞれ嵌込み筒体の段部17に係合させてある。20は,このマッサージ部材の表面に形成した多数の凹所であり,この各凹所の周囲には,例えば0.5mm程度等の僅かに外方に突出させた環状突出部22が形成してある。(【0004】,【0006】)
エ 甲1発明の効果
甲1発明の構成によれば,甲1発明の美容マッサージ器を使用する場合には,マッサージ部材18を皮膚に押し当てて回転させると,環状突出部22が僅かに圧縮された状態で凹所20内の空気が僅かに排出され,かつ,離れる場合には環状突出部22が最初の状態に復帰するため,凹所20内が真空になり,十分な美容作用やマッサージ作用が得られるものである(【0007】)。
(3) 本件技術事項等について
ア 本件技術事項の内容
本件技術事項(甲3事項,甲4-1事項及び甲4-2事項)の内容は,次のとおりのものと認められる(甲3,甲4)。なお,甲3及び甲4に本件技術事項が記載されていること自体については,当事者間に争いはない。
(ア) 甲3事項
甲3事項は,次のとおりである。
「支持板へ挿通されて固定されるフランジ付き滑り軸受11であって,弾性係止片11cが突出するとともに,
弾性係止片11cの基端側にフランジ11bを有しており,
弾性係止片11cは先端側に向かうほど回転中心との距離が短くなる斜面を有し,フランジが軸方向の位置決めを行い,弾性係止片11cが支持板に当接することにより抜け止めとして機能する滑り軸受。」
(イ) 甲4-1事項
甲4-1事項は,次のとおりである。
「薄板からなる取付部材4に固定する軸受3において,
軸受3からは弾性変形可能な傾斜面部32が突き出るとともに,
軸受3は傾斜面部32の基端側に鍔部31を有しており,
傾斜面部32は先端側に向かうほど縮径する斜面を有し,
鍔部31裏面が取付部材に当接するまで押圧され,軸受3の環状溝33が取付部材4に嵌合することにより固定される軸受3。」
(ウ) 甲4-2事項
甲4-2事項は,次のとおりである。
「薄板からなる取付部材2に固定する軸受1において,
軸受1から基端側に向けて斜方向に延設された二つの舌片部を備え,
軸受1は舌片部12の基端側に鍔部11を有しており,
鍔部11裏面と舌片部12の端部に形成された係止片部13との隙間に取付部材2を挟持することによりその軸方向の移動が阻止されて軸受の抜け止め手段を形成する軸受1。」
イ 弾性片の先端部の機能について
上記アの本件技術事項の内容によれば,本件従来軸受は,いずれもフランジ部と弾性片が取り付けられており,両者が板部材の両面に当接し,板部材を挟持するように固定する軸受け部材であると認められる。そして,軸を支承する円筒部の外周面は,当該軸受け部材と嵌合している部分以外の箇所では露出しており,他の部材等には当接していない。そうすると,本件従来軸受は,フランジ部と弾性片の間に板部材を挟むように固定する機能を有するにとどまり,弾性片より先端側に位置する筒体の外周面(以下「弾性片の先端部」という。)において他の部材を支持するものではないと認めるのが相当である。
2 取消事由(相違点3ないし5の判断の誤り)
(1) 弾性片の先端部の機能に係る認定について
ア 前記1(3)イのとおり,本件従来軸受は,いずれもフランジ部と弾性片の間に板部材を挟むように固定するものであり,弾性片の先端部において他の部材を支持するものではないと認められることからすると,本件従来軸受が軸受の外周の弾性片より先端側で部材を支持するものではないとした審決の認定に,誤りはない。
イ これに対し,原告は,周知技術(甲15ないし甲26)を考慮すれば,本件従来軸受を板部材への挿通以外に用いることが可能なことは,当業者であれば技術常識であるといえるし,本件従来軸受の部材では,弾性片の先端に何らかの部材があったとしても,弾性片の係止が外れることはないから,弾性片の先端側に部材が設けられることを排除するものではなく,また,美容器の分野において,フランジ部を有する軸受け部材を用いて,支持軸の回りを回転体が回転するように構成することは周知技術(甲28及び甲29の1)であることをも踏まえれば,本件従来軸受を板部材に挿通するものに限定した審決の認定には,誤りがあるなどと主張する。
しかしながら,上記アのとおり,本件従来軸受は,いずれもフランジ部と弾性片の間に板部材を挟むように固定するものであって,弾性片の先端部において他の部材を支持するものとは認められない。そして,証拠(甲15ないし甲26)及び弁論の全趣旨によれば,フランジ部と弾性片によってワンタッチ方式で部材を取り付けることができる軸受が周知の部材であることが認められたとしても,このような軸受は,いずれも弾性片より先端側の外周面において部材を支持するものとは認められない。さらに,証拠(甲28及び甲29の1)及び弁論の全趣旨によれば,当該証拠には,美容器にフランジ部を有する軸受を用いることが開示されるにとどまり,弾性片(又は係止部)が存在しないのであるから,本件従来軸受のようにフランジ部と弾性片とを有する軸受において,弾性片の先端部において部材を支持することが周知であったことを裏付けるものとはいえない。
そうすると,原告が新たに提出した上記各証拠を考慮しても,前記アの判断を左右するものではない。
したがって,原告の主張は,採用することができない。
(2) 甲1発明に対する本件従来軸受の適用の可否
ア 前 記 1 (2) の 認
定事実によれば,甲1発明は,従来の美容マッサージ器においてはマッサージ部材の表面の弾性変形が極めて僅かであって十分な吸引作用が得られなかったという課題を解決するものであり,甲1発明のマッサージ部材は,ゴム状弾性材料からなり,全体が柔軟に変形する程度の弾性を有するものと認められる。そして,このようなマッサージ部材に対し,本件従来軸受を適用した場合には,当事者双方が各準備書面で示した上記2つの図(原告準備書面(2)11頁,被告準備書面(1)12頁から各引用)のとおり,弾性片の先端は,マッサージ部材の板状の突出部に係合するにとどまり,弾性片の先端側には筒体が存在しないため,マッサージ部材の筒体の内部に空隙が生じることになる。マッサージ部材は,全体が柔軟に変形する程度の弾性を有するものであることは,上記認定のとおりであるから,マッサージ部材を皮膚等に当接させた場合には,皮膚からの反力に十分に対抗するようにこれを支持することができなくなることは,明らかである。すなわち,マッサージ部材に対して本件従来軸受を適用する場合には,マッサージ部材の基端側の板状の突出部のみが本件従来軸受により挟持されて支持されており,両者が強固に接続されているとはいい難い。そうすると,マッサージ部材を皮膚に押し当てて回転させて,環状突出部を僅かに圧縮させて凹所内の空気を僅かに排出させ,かつ,離れる場合に凹所内を真空にさせるという作用効果を奏すると認めることは困難であり,十分な美容作用やマッサージ作用を得ることができず,甲1発明の技術思想に反することは明らかである。
したがって,甲1発明に本件従来軸受を適用することは,甲1発明の技術思想に反することになるから,当業者は,甲1発明に本件従来軸受を適用することを容易に想到することができないと認めるのが相当である。
以上によれば,本件発明1は,甲1発明に対し本件従来軸受を適用して,当業者が容易に発明をすることができたとはいえないとした審決の判断には,誤りはなく,取消事由は,理由がない。
イ 原告の主張について
原告は,甲1発明の筒体については,軸受として機能していることから,弾性片とフランジ部とを有する周知の軸受け部材の用途が限定されないという出願時の技術水準のほか,フランジ部を用いる軸受け部材が美容器に用いられているという出願時の技術水準を考慮すれば,当業者は,筒体以外の軸受である本件従来軸受の軸受け部材を用いてマッサージ部材を回転可能に軸に支持することを容易に想到することができるものであり,このような場合において,マッサージ部材の内周の空隙が存在したとしてもマッサージ部材を用いたマッサージに何らの支障もなく,適宜,マッサージ部材の内周を小さくして軸受け部材の先端部に当接させ,又は軸受け部材の先端部を長軸に延長してマッサージ部材内周と当接させ,あるいは,その両方により両者を当接させることができ,これらの改変はいずれも設計事項であるなどと主張する。
原告の主張によれば,まず,甲1発明に本件従来軸受を適用し,次に,マッサージ部材の内周を小さくして軸受け部材の先端部に当接させ,又は軸受け部材の先端部を長軸に延長してマッサージ部材の内周と当接させ,あるいは,その両方により両者を当接させることによって,マッサージ部材と本件従来軸受との接続を強固にして剛性を確保する必要があるため,本件発明の構成に至るには,2つの段階を経る必要がある。
しかしながら,当業者にとって,甲1発明に公知技術である本件従来軸受を適用した上,更にその構造に改変を加え,2つの段階を経て本件発明の構成に至ることは,格別の努力を要するものといえるから,通常,容易になし得ることではない。したがって,甲1公報において上記のような2つの段階の改変をし得るという記載も示唆もないものと認められる以上,当業者にとって,甲1発明から本件発明の構成に至ることが容易であるということはできない。
以上によれば,原告の主張は,採用することができない。
3 その他
その他に事情として整理された取消事由などを含めて改めて十分検討しても,原告の主張は,本件従来軸受の機能を正解しないで審決を非難するものにすぎず,いずれも前記判断を左右するものではない。
第5 結論
以上によれば,原告の取消事由は理由がないから,原告の請求を棄却することとして,主文のとおり判決する。
知的財産高等裁判所第1部
裁判長裁判官
清 水 節
裁判官
裁判官
中岡
島田
基慎
至吾