判例
憲法憲法判例百選Ⅱ第8版188
窃盗被告事件
違憲審査の対象
全文
主 文
本件上告を棄却する。
理 由
弁護人鍛治利一再上告趣意第一点について。
本件第二審判決が本件再上告被告人Aに関する犯罪として認定した事実は、判示第一(二)「被告人B、A、C、D、E、F、G、H、I、J、K等は同月五日共謀して、右同所で同様の重油約六千立を窃取し」たというにある。そして、この事実は「関係各被告人が当公判廷で自分の関係している部分に付て同様の趣旨を供述しているので、これを認めることができるとしている。すなわち、本件被告人Aの自白の外に前記多数の相被告人の供述を証拠として採用しているのであるから、憲法第三八条第三項にいわゆる「自己に不利益な唯一の証拠が本人の自白である場合」に該当しないものと言わなければならぬ。従つて、第二審判決を是認した原審判決は結局正当であるから、論旨はこの点において理由がない。
同第二点について。
しかしながら、大審院は旧憲法と裁判所構成法とに基く構成と組織と性格を有する裁判所であり、最高裁判所は厳粛な歴史的背景の下に日本国憲法と裁判所法とに基く構成と組織と性格を有する裁判所である。共に司法権を行使する機関であり、又わが国における最上級の裁判所であるという関係において、相互の間に幾多の類似点はあるが、両者の生立、構成、組織、権限、職務、使命及び性格が著しく異ることは、敢て多言を要しないところである。従つて、憲法及び司法制度の一大変革期にあたり、明治憲法及び裁判所構成法は廃止せられ、代つて日本国憲法及び裁判所法は実施せられ、その施行の際廃止となつた大審院において従来受理していた一群の訴訟事件をいかに処理するかは問題であるが、所論のごとく当然最高裁判所の開設と共に当裁判所において審理さるべきものと論定し去ることはできない。かかる一群の特殊な事件については、東京高等裁判所において受理したものとみなし、同裁判所は大審院と同一の裁判権を有する旨を規定したからと言つて、裁判所法施行令第一条及びその根拠とせられた裁判所法施行法第二条は、所論のように憲法第一三条、第一四条に違反するということはあり得ない。大審院は廃止せられ、かかる一群の訴訟事件は最早大審院において審判を受けることができなくなつたから、東京高等裁判所において旧大審院と同様に特に五人の裁判官の構成からなる合議体をもつて審判することを規定し、実際の運用において主として従来の大審院判事が引き続きその衝に当ることができるように構想せられたものであつて、立法の上で国民の基本的人権は十分に尊重せられている。又かかる特殊性を有する一群の事件は一団として立法上平等に取扱われており、国民は人種、信条、性別、社会的身分又は門地によつて毫も差別待遇をうけていない。従つて、前記規定は所論のごとく憲法第一三条、第一四条に違反するということはできない。
次に、裁判所の裁判権、審級その他の構成は、憲法上原則として法律において定められることとなつており、その内容が公共の福祉に反しない限り有効であることは論をまたぬ。前記規定は前述のごとく公共の福祉に反するものではないから、国民はこれらの規定の定めるところに従つて裁判所において裁判を受ける権利が保障されている。従つて、前記規定は所論のごとく憲法第三二条に違反するということを得ない。又前記一群の事件を処理するために東京高等裁判所に五人構成の合議体を置いたが、これは純然たる司法裁判所であつて、司法裁判所の外に特別裁判所を設けたものではないから、所論のように憲法第七六条第二項の趣旨に違背するものと言うことはできない。
同第三点について。
まず最初に、本点論旨が、再上告の理由として適法であるか否かの問題について考えてみたい。これは、刑訴応急措置法第一七条に、「高等裁判所が上告審としてした判決に対しては、その判決において法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかについてした判断が不当であることを理由とするときに限り、最高裁判所に更に上告することができる」とある規定のいわゆる「処分」の中に裁判を含むか否かの問題を中心とする。この措置法の規定は、憲法第八一条に、「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である」と定めた規定から由来し、これと甚だ親密な関連があることは明かである。そしてこの憲法第八一条の規定は、第九八条第一項に「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない」とある規定と密接な表裏の関係が存することも明白である。さらに、第七六条第三項においては、「すべて裁判官は、その良心に従ひ独立してその職権を行ひ、この憲法及び法律にのみ拘束される」と規定し、又第九九条においては、「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ」と規定し、裁判官の憲法遵守義務を明かに定めているのである。現今通常一般には、最高裁判所の違憲審査権は、憲法第八一条によつて定められていると説かれるが、一層根本的な考方からすれば、よしやかかる規定がなくとも、第九八条の最高法規の規定又は第七六条若しくは第九九条の裁判官の憲法遵守義務の規定から、違憲審査権は十分に抽出され得るのである。米国憲法においては、前記第八一条に該当すべき規定は全然存在しないのであるが、最高法規の規定と裁判官の憲法遵守義務から、一八〇三年のマーベリー対マデイソン事件の判決以来幾多の判例をもつて違憲審査権は解釈上確立された。日本国憲法第八一条は、米国憲法の解釈として樹立せられた違憲審査権を、明文をもつて規定したという点において特徴を有するのである。そしてこの違憲審査権は、近代政治科学における最も特筆大書すべき生産物であると称されているものであつて、この制度の内包する歴史的意義と世紀の使命はまことに深遠であると言わなければならない。
憲法第八一条によれば、最高裁判所は、一切の法律、一切の命令、一切の規則又は一切の処分について違憲審査権を有する。裁判は一般的抽象的規範を制定するものではなく、個々の事件について具体的処置をつけるものであるから、その本質は一種の処分であることは言うをまたぬところである。法律、命令、規則又は行政処分の憲法適否性が裁判の過程において終審として最高裁判所において審判されるにかかわらず、裁判の憲法適否性が裁判の過程において終審として最高裁判所において審判されない筈はない。否、一切の抽象的規範は、法律たると命令たると規則たるとを問わず、終審として最高裁判所の違憲審査権に服すると共に、一切の処分は、行政処分たると裁判たるとを問はず、終審として最高裁判所の違憲審査権に服する。すなわち、立法行為も行政行為も司法行為(裁判)も、皆共に裁判の過程においてはピラミツド型において終審として最高裁判所の違憲審査権に服するのである。かく解してこそ、最高裁判所は、初めて憲法裁判所としての性格を完全に発揮することができる。
同条の「処分」は、英訳憲法として発表されているものにおいては、オフイシアル・アクトと表現されている。オフイシアル・アクトとは統治機関の行為の意味であつて行政機関の行政処分も司法機関の裁判行為も共に含まれている。また同条と密接な表裏の関係にある第九八条第一項においては、「国務に関するその他の行為」と言つており、行政処分も裁判も共に国務に関する行為であることは、疑を容れる余地もないところであろう。その英訳憲法として発表されているものにおいては、アザー・アクト・オブ・ガヴアメントという言葉が用いられているので、これを行政府の行為と曲解し、これを援引して、憲法第八一条及び刑訴応急措置法第一七条等にいわゆる処分を行政処分に限定し裁判を含まずと説く者がある。けれども、米国憲法並にその流を汲むところでは、ガヴアメントすなわち政府とは国家の統治機関の意味であつて国会も内閣も裁判所も、その中に包含されていることを特に注視せねばならぬ。憲法前文中における「政府の行為」という用語も、この意義に解すべきものである。されば、アクト・オブ・ガヴアメントの中には、行政府の行政処分も裁判所の裁判も共に含まれている。ところで、なお一つの有力な異説が考えられる。それは、憲法は、一方において三権分立の原理に従つて第七六条で「すべて司法権は、最高裁判所及び法律の定めるところにより設置する下級裁判所に属する」旨を定めると共に、他方においていわゆる抑制均衡の制度として第八一条で違憲審査権を裁判所の権限に分配したものであるから、裁判の憲法適否の審査は、固有の司法権の領域において上級審下級審の関係に基いて行われ、抑制均衡のための憲法適否の審査は、性質上立法及び行政行為のみについて行われると説くのである。従つて、この説によれば第八一条の処分は、行政処分に限られ、裁判を含まないとせられる。これは、、憲法の解釈論としては一応よく筋のとおつた傾聴すべき議論である。しかしながら、裁判の違憲審査権は、普通の上級審下級審の関係でのみ行われるものとすれば、法律が審級制を定めるに当り、例えば現行裁判所法のように、簡易裁判所を起点とする三審制と地方裁判所を起点とする三審制を二元的に設けている場合においては、前系統の三審制の過程における裁判の違憲審査は、終に最高裁判所の権限に属しない結果となる。かかる結果は、到底容認すべからざるところであつて、この説の欠陥と誤謬を露呈することになるのである。憲法制定の際の第八一条原案によれば、第一項においては「最高裁判所は、終審裁判所である」と規定し、第二項においては「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する」と規定してあつたのを、衆議院において修正し第二項の末尾に第一項を合体せしめ、現行第八一条が制定せられた。かくて最高裁判所は、違憲審査については、常に最終審として関与する趣旨が一層明確に認められたのである。すなわち、最高裁判所の憲法上における事物の管轄権が宣明せられ、憲法裁判所である性格が確立せられたのである。これは、憲法上における不動の原理であると言わなければならない。
さて、刑訴応急措置法第一七条第一項において「高等裁判所が上告審としてした判決に対しては、その判決において法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するか
しないかについてした判断が不当であることを理由とするときに限り、最高裁判所に上告することができる」と規定したのは、前記憲法第八一条の原理に従つて再上告の道を確認したに過ぎないのである。すなわち、高等裁判所が上告審としてした判決に対しては単なる審級制からすれば、最早再上告を許す必要はないのであるが、違憲審査制からすれば、憲法適否を理由とする限り、最高裁判所に再上告を許す必要があるのでこれを確認して明定したまでのことである。言いかえれば、措置法の規定によつて初めて再上告が許されたものではなく、憲法適否の審査は憲法第八一条によつて終審として最高裁判所の権限に属するという原理を再確認して再上告を定めたものである。されば、前記措置法第一七条にいわゆる処分の中に裁判を含むことは、憲法第八一条の場合と同様である。
次に又、前記措置法第一七条の適用に関し、判決において憲法違反の判断をする場合には、その判断は積極的に表明せられることを要するは性質上当然であるが、これに反し憲法適合の判断をする場合には、その判断は必ずしも常に積極的に表明せられることを要せず、特に判決において憲法違反を表明していないときは、すべて憲法適合の判断を含蓄しているものと解することが、相当であり且つ憲法第八一条の精神によく合致するものと言わなければならない。従つて、再上告は、憲法適否を理由とする限り、適法であると解すべきものである。
さて、本件再上告趣意第三点は、憲法適否を理由として主張しているから一応再上告の訴訟要件を具備し適法なもののごとくである。しかし本件は、公開の公平な裁判所において、合憲的な刑事訴訟の手続に従い、十分被告人の弁明を聴いて、審理せられ、刑罰を科せられたものであることは、一件記録に徴し明かである。それ故憲法第三一条違反を理由とする論旨は当らない。事実審である第二審判決の事実認定乃至証拠の採否に、たとえ所論のような瑕疵があつたとしても、それは単に刑事訴訟法の手続違背の問題であつて、憲法違反の問題ではあり得ない。従つて、これを再上告の理由として認めることはできないのである。
裁判官齋藤悠輔の本件に対する意見は次のとおりである。
憲法第九八条第一項は「この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。」と規定し、同第九九条は「天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官其の他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。」と規定している。従つて独り裁判官のみに限らず、一切の立法、行政、司法の公務員は、国務に関する行為をなすに当り、自ら内省、反省して自己批判を行い、その行為が憲法に適合するかしないかを決定し、憲法に適合するように行動すべき職務と権限とを有するものである。それ故、その公務員の行為を是正する権限を有する上級者あるときは、その最上級の者において最終の違憲審査決定権を有するを当然とする。而して、我憲法は立法、行政、司法の三権を分立し、各別異の機関をしてこれを分担せしめ、その間互に独立して相侵犯することを許さない建前であるから、特別の規定を設けない限り、各機関の右違憲審査権も夫々独立して互に他の批判を許さない性質のものである。こゝにおいて憲法第八一条は「最高裁判所は、一切の法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを決定する権限を有する終審裁判所である。」と規定して、その立法並びに行政行為に対する違憲審査決定権を最高裁判所を終審とする司法裁判所に与え、司法裁判所にその優位を認めたのである。それ故同条にいわゆる処分には司法裁判所の行為たる裁判はその性質上包含されないものと解すべきである。蓋し、処分とは抽象的権限の具体的実行を意味するものであるから裁判もその概念の範囲に属しないとはいゝ得ないとしても、審査決定権の主体的行動はその審査の客体たる行為から当然除外さるべきであるからである。何となれば他を見、他を聞く者は己れを見、己れを聞かないものであり、他人の行為を批判する右規定に自己の行為を包含せしむるの道理ないからである。自己の行為たる裁判に対しては、自己固有の領域における異議、上訴又は非常上訴等の方法を以て内省、反省、是正するのが当然であつて、右のような他判の憲法規定を設くるの必要はない。
然るに我裁判所法並びに刑事訴訟法は刑事裁判について三級審又は二級審の制度を採り、しかも最高裁判所を終審とするものと、高等裁判所を終審とするものとを認めているから、若し後者の手続過程中右憲法第八一条所定の違憲問題が起つた場合には、その問題が最高裁判所において取扱はれない結果を来す虞れがある。それ故、かゝる虞れある場合には、同条にいわゆる終審裁判所である最高裁判所の最終決定を受けしめる方法を講ずる必要がある。この必要その他を充すため憲法の施行に伴う刑訴応急措置法は、その第一、二条の規定(特に「裁判所法……制定の趣旨に適合するように」参照)の外、更に、一方においては、その第一五条に「高等裁判所が上告裁判所である場合に、最高裁判所の定める事由があるときは、決定で事件を最高裁判所に移送しなければならない。」と規定して、予め、例えば裁判所法第一〇条第一、二号すなわち一、当事者の主張に基いて法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかを判断するとき、二、前号の場合を除いて、法律、命令、規則又は処分が憲法に適合しないと認めるとき、その他最高裁判所が相当と認める事由ある場合には、高等裁判所の判断を省略して直ちに最高裁判所をして終審としてこれらの問題を判断せしむることを得せしめ、また、他方においては、その第一七条第一項において「高等裁判所が上告審としてした判決に対しては、その判決において法律、命令、規則又は処分が憲法に適合するかしないかについてした判断が不当であることを理由とするときに限り、最高裁判所に更に上告することができる。」と規定して、特に、第四級又は第三級審として、最高裁判所に対する再上告の道を開いたのである。
それ故、この第一七条第一項の規定にいわゆる「処分」中には裁判を包含しないものと解すべきこと前記憲法第八一条の場合と異なるものではなく、また、その「判断」とは右裁判所法第一〇条第一、二号制定の趣旨と同じく、当事者の主張に基く明示又は黙示の判断若しくは裁判所の職権発動に基く否定的な判断(すなわち適合しないと認めたとき)と解すべきであり、更に、原上告判決においてかゝる判断の存すること及びその判断の不当であることを再上告の理由とすることは共に再上告の厳格な適法要件であると解すべきである。若し憲法第八一条の処分中に裁判を包含せしめるときは、本来の刑事訴訟の外更に裁判を物体とする訴訟並びに裁判の執行を停止する仮処分申請のようなものゝ続発を認容せねばなるまい。また、右の適法要件を認めないならば、徒に濫訴を招来し、審級制度は、動揺破壊を免れないであろう。法乃至裁判の安定確立も、亦た、国民の権利と公共の福祉とを保障する憲法の精神であらねばならぬ。されば、若し裁判就中裁判所の個々の訴訟行為に対する違憲問題を必ず最高裁判所をして取扱はしめるを相当とするならば、前記措置法第一五条にいわゆる「最高裁判所の定める事由」中に最高裁判所自らが規定すれば足るのであつて、濫りに、再上告の適法要件を抹殺し去るの要はない。
然るに、多数説の理由は、次の諸点において根本的の誤謬と欠陥と弱点とを包蔵し、到底賛同し得ない。
(1) 憲法第九九条は、すべての公務員が、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふと規定しているのに、独り裁判官のみが憲法遵守の義務あるもののごとく主張し、また、憲法第七六条第三項は裁判官は、たゞ良心に従ひ独立してその職務を行う積極的使命あることを規定したもので、この場合、憲法の外更に法律は、単にその消極的拘束条件たるに過ぎないのに、この規定から故ら法律を除外して、単に憲法のみの積極的遵守義務を抽出し、これらの規定と憲法第九八条とにより当然違憲審査権を肯定するのは、その前提において、既に甚だしい強弁たるを免れないこと。
(2) 明文のない米国における判例を引用して右(1)の理由により憲法第八一条は必ずしもこれあるを要せずと説き、しかも、同条は最高裁判所のみの権限を規定したものではなく、一切の下級裁判所も等しく違憲審査権を有するものと解すべきであるのに、独り、最高裁判所のみを憲法裁判所の性格を有するものとしてその権限を奇怪なピラミツド型に拡張すること。
(3) 元来、裁判の本質である(イ)事実の判断すなわち認定行為、(ロ)法令の解釈行為、(ハ)法令と事実との該当性の判断すなわち適用行為がいずれも「処分」と言い得るか甚だ疑問であり、また、それが当面の問題であるにもかかわらず、殆んどその理由を語ることなく、単に当然自明として肯定し、しかも飜訳英語の文字解釈においてのみしきりに多弁なること。
(4)「処分」に当然「裁判」を含む理由の説明に当り、いわゆる法令すなわち抽象的規範の違憲審査権と問題の処分の違憲審査権とを同一に取り扱い、一切の法令審査権あるの故を以て当然一切の処分のそれを持つべきであるとすること、従つて刑事の訴訟手続の過程において第一、二審裁判所は法令の違憲審査権を有するのに何故に裁判すなわち論者の処分のそれを有しないかを説明し得ないこと。
(5) 司法固有の領域における上訴手続においては、能う限り再上告を避けるため、刑訴応急措置法第一五条の規定を設け、高等裁判所が上告審である場合でも、その判断を省略して、最高裁判所が、直ちに、上告審として審判し得る道あるにもかかわらずこの規定を看過し、更に通常の上告の外、特に、非常上告の制度あるを忘れ、却て、裁判は処分に含まれないとする説の欠陥と誤謬とを露呈するものと非難すること。
(6) 同法第一七条の明文あるにかかわらず、多くその理由を示さずに再上告は同規定によつて初めて許されたものではなく、憲法第八一条の原理の再確認に過ぎないと独断すること。
(7) かくて突如として再上告の適法要件を不必要として抹殺し従つて濫訴を奨励する結果を来すこと。
果たして、然らば、本件再上告論旨第一点は、原上告判決の判断が法律、命令、規則又は処分に関しない点で、同第二、第三点はともに原上告判決に法定の判断の存しない点でいずれも再上告適法の要件を具備しない失当がある。従つて本件再上告は既にこの点で不適法として棄却すべきである。
しかのみならず、本論旨第一点で攻撃している原上告判決の判断は正当であるから、この論旨はその点でも理由なきものと考える。蓋し、上告は法令違反を理由とするときに限り許さるべきであり、その法令違反を定める標準時期は、第二審判決に対する上告の場合には、原則として、その判決をした時である。たゞ、刑訴第四一五条は「判決アリタル後刑ノ廃止若ハ変更又ハ大赦アリタルトキハ之ヲ上告ノ理由ト為スコトヲ得」と規定して、特に、その例外を認めているに過ぎない。それ故本件第二審判決をなした時に適法であつた証拠の採用行為がその後における憲法規定の改正に伴ひ違法となる理由はない。これを違法視するのはいわゆる不能を強いるものであり、何人も実行の時に適法であつた行為については刑事上の責任を問はないものとした憲法の精神にも反する。しかも、所論の憲法規定は刑の廃止若しくは変更又は大赦に該当しないこと言うまでもないから所論は上告適法の理由とならないものである。
よつて刑訴第四四六条に従い主文の通り判決する。
この判決は反対意見者を除く他の裁判官全員の一致した意見である。
検察官下秀雄関与
昭和二三年七月七日
最高裁判所大法廷
裁判長裁判官
三淵忠彦
裁判官
塚崎直義
裁判官
長谷川太一郎
裁判官
沢田竹治郎
裁判官
霜山精一
裁判官
井上登
裁判官
栗山茂
裁判官
真野毅
裁判官
小谷勝重
裁判官
島保
裁判官
齋藤悠輔
裁判官
藤田八郎
裁判官
岩松三郎
裁判官
庄野理一は退官につき署名捺印することができない