判例
民事訴訟法民事執行・保全判例百選第3版67
抽象的不作為判決と強制執行
全文
67
# 抽象的不作為判決と強制執行
名古屋高裁昭和60年4月12日判決
(昭和55年(又)第487号・第492号:東海道新幹線騒音振動侵入禁止等請求控訴事件、
昭和57年(又)第88号:民訴法198条2項(現260条2項)による申立事件)
(下民集34巻1=4号461頁、判時1150号30頁、判夕558号326頁)
名古屋大学准教授
川嶋隆憲
かわしま たかのり
## 事実の概要
名古屋市内の東海道新幹線鉄道(以下「新幹線」という)沿線に居住するXらは、列車の走行に伴う騒音や振動によって身体的、精神的被害等を生じているとして、昭和49年3月、新幹線を設置、管理して旅客運送業を含むY(日本国有鉄道)に対して騒音・振動の差止めと損害賠償を求める訴えを提起した。本件差止請求に係る請求の趣旨は、「Yは、……Xら肩書地所在の各居住敷地内に、東海道新幹線鉄道列車の走行によって発生する騒音及び振動を、午前7時から午後9時までの間においては騒音65ホン、振動毎秒0.5ミリメートル、午前6時から同7時及び午後9時から同12時までの間においては騒音55ホン、振動毎秒0.3ミリメートルを超えて侵入させてはならない」とするものであった。Yは、上記請求の趣旨では不作為義務の内容が特定されておらず、訴えは不適法である旨を主張したのに対して、Xらは、本件請求は一定量以上の騒音・振動の侵入禁止を求めるもので、その趣旨は一義的で明快であること、また、執行方法として不作為執行としての間接強制や将来のための適当な処分の方法をとりうることなどを主張した。
第一審判決(名古屋地判昭和55・9・11判時976号40頁)は、本件差止請求については請求を棄却し、損害賠償請求については過去の損害賠償請求部分を一部認容し、将来の損害賠償請求部分は訴えの利益を否定して訴えを却下した。本件差止請求の適否に関して、同判決は、「Xらの請求は所謂抽象的不作為命令を求めるものであり、右の不作為を達するための個々の具体的措置―あるいは減速、時間制限、列車本数の削減という単純不作為、ないしは諸種の音源対策その他の施設要求という代替的作為―を請求するものではなく、「本件不作為判決に基づいて代替執行をすることには困難といわれなければならない」とする一方、「本件の如き抽象的不作為判決の強制執行は間接強制によるべき」であり、また、「間接強制の執行の要件としての不作為義務の内容の特定については、本件において欠けるところはないものと認められる」などとして、同請求の適法性を肯定した。Xらは第一審判決に対して控訴を提起するとともに、上記差止請求を主位の請求とし、予備的に「列車を時速110キロメートルを超える速度で走行させてはならない」とする旨の差止請求を追加した(なお、本件訴訟ではYからも控訴が提起されているが省略する)。
## 判旨
本件主位の請求の適否について、以下のとおり述べ、適法性を肯定した(本案については、新幹線の公共性等を理由に主位の差止請求と予備的差止請求のいずれも棄却)。
「実体法上は、一般に債権契約に基づいて、(手段方法は問わず)結果の実現のみを目的とする請求権を発生せしめ、これを訴求し得ることは疑いないところであるから、Yのいうようにある結果の到達を目的とする請求が
常にその手段たる具体的な作為・不作為によって特定されなければならないものではない。そして、まさに、作為または不作為義務の強制執行につき代替執行により得ない場合に備えて間接強制がみとめられているのであるから、代替執行が許されないからといって直ちに執行が不可能であるというのは正当ではない。要するに、代替執行が可能であるように請求を構成しなければ訴訟上の請求として特定しないというべき根拠はない」のであり、「本件のごときいわゆる抽象的不作為判決は間接強制の方法によることができるから、かかる判決を求める申立も不適法ということはできず(Xらの申立は不作為義務の内容の特定については欠けるところはない。)、Yの主張は採用できない」。
## 解説
### 本判決の位置づけ
本判決は、「名古屋新幹線公害訴訟」などの名称で知られる騒音・振動差止訴訟の控訴審判決である(本判決に対しては、当事者双方から上告が提起されたが、昭和61年4月、防音壁設置、レール削正、架線改良等の発生源対策の積極的実施等を盛り込んだ裁判外の和解が成立している)。
飛行機の離発着や列車・自動車の走行などから生じる騒音や振動、排ガス等(以下「騒音等」という)による生活妨害の差止めを求める訴訟においては、原告らは一定の侵害結果(基準値を超える騒音等の原告居住地への到達)が生じなくなれば所期の目的を達しうる一方で、そのような侵害結果を回避・除去するための具体的な行為(減速や減便、音源対策や防音工事等)についてはむしろ被告の選択に委ねることが合理的であるなどの理由から、請求の趣旨において、禁止されるべき被告の行為(具体的な不作為)や侵害防止のために行われるべき被告の行為(具体的な作為)を特定することなく、被告に対して一定の態様の侵害結果を発生させることの禁止(抽象的不作為)が掲げられることがある。本判決以前の裁判例には、傍論ながら、このような抽象的な差止請求を不適法と解するものがあった(名古屋高判昭和43・5・23下民集19巻5=6号317頁は、工場の騒音が原告居宅内に一定値以上に流入しないよう防音設備を施す旨の請求を認容した第一審判決を取り消すにあたり、請求自体が一定性を欠いており、これを認容した判決は執行不能である旨を付言していた)が、本判決は、本件のような抽象的不作為請求については間接強制による強制執行が可能であるとの理解を前提として、訴えの適法性を肯定し、本案判決に道を開いた(ただし、結論は請求棄却)。本判決以降の裁判例は必ずしも一様ではないが、最判平成5・2・25(判時1456号53頁[横田基地騒音公害訴訟])が端的に「このような抽象的不作為命令を求める訴えも、請求の特定に欠けるものということはできない」と述べるに至り、その後の裁判例にはこれに続くものが見られる(大阪地判平成7・7・5判時1538号17頁[西淀川大気汚染公害訴訟]、東京地判平成14・10・29判時1885号23頁[東京大気汚染公害訴訟]など)。
別冊 Jurist No.247
本件訴訟に関する論点は多岐にわたるが、訴訟法との関係では、大別して、①抽象的不作為請求における請求の特定の有無、②抽象的不作為判決に基づく強制執行の方法、③抽象的不作為判決の強制執行としての間接強制と代替執行の関係、の3点に整理することができる(竹下守夫「生活妨害の差止と強制執行・再論」判タ428号30頁参照)。以下、本解説では、主として生活妨害事案における抽象的差止請求を念頭に(一口に抽象的差止請求と言っても、侵害結果の防止方法が多様性を持ちうる生活妨害事案と、差止命令の書駁行為が多様性を持ちうる知的財産権侵害事案とでは同列に論じられない面がある。野村秀紘『予防的権利保護の研究』[1995]152頁など参照)、上記②③の問題を取り上げることとし、①の問題については、差し当たり、発生源と侵害結果による特定を要求する有力説の立場を前提とする(竹下・前掲32頁、中野貞一郎「非金銭執行の諸問題」鈴木忠一=三ケ月章編『新・実務民事訴訟講座(12)』[1984]477頁など。前掲東京地判平成14・10・29も同旨。他の学説につき、原強・民事訴訟法判例百選(第5版)71頁参照)。
## 1 抽象的不作為判決に基づく強制執行
2 抽象的不作為を命ずる判決の主文には、請求の趣旨に対応して被告に対して一定の基準値を超える騒音等の到達を禁止する旨が記載される(認容判決の例として、神戸地判平成12・1・31判時1726号20頁[尼崎大気汚染公害訴訟]、名古屋地判平成12・11・27判時1746号3頁[名古屋南部大気汚染公害訴訟]など参照)。一般に、不作為を目的とする債務の強制執行の方法としては、⑦不作為債務自体の間接強制(民執172条1項。不作為債務として特定されていれば間接強制の申立てとしても適法と解されることにつき、竹下・前掲34頁、鈴木忠一=三ケ月章編『注解民事執行法(5)』[1985]116頁[富越和厚]など)のほか、④不作為義務違反によって生じた有形的結果の除去(民執171条1項2号前段、173条1項)、⑨将来の義務違反抑止のため適当な処分(以下「適当処分」という。民執171条1項2号後段、173条1項)の方法をとりうるところ、抽象的不作為判決との関係で解釈上特に争いがあるのは⑨、すなわち、抽象的不作為判決に基づき執行裁判所が適当処分として具体的な防止措置を命じることの可否である。
この点、肯定説は、債務者が任意に効果的な防止手段をとらず、侵害行為を繰り返すときは、債権者は適当処分の申立てを通じて特定の防止措置を求め、授権決定を得てこれを実現することができるとし、当該措置義務を争う手段として債務者は請求異議の訴えによることができるとする(竹下・前掲29頁、松浦馨「差止請求権の強制執行」三ケ月章ほか編『新版民事訴訟法演習(2)』[1983]283頁など)。これに対して否定説は、具体的な作為義務は実体権の内容と密接不可分の問題であり、執行裁判所の執行処分の対象としてはなじまないこと、また、これを執行裁判所が決定しうるとすれば、判決手続と執行手続の分離の目的に反し、執行裁判所が判決裁判所の意図と異なる判断をする危険が生じうることなどを理由に、間接強制の方法のみが許されるとする(浦野雄幸『条解民事執行法』[1985]746頁、鈴木=三ケ月編・前掲注解92頁[富越]、松本博之『民事執行保全法』[2011]336頁など。本件第一審判決も代替執行の困難を指摘する)。制限的肯定説は、抽象的差止判決の成立過程においては具体的な措置義務につき審理が尽くされる保障がないこと、また、具体的な防止措置として複数の態様がある場合に、執行裁判所の決定に係る具体的措置義務について請求異議訴訟の起訴責任を債務者に負担させるのは当事者間の衡平を失することなどを理由として、「債務者に求められる具体的措置の内容が抽象的差止判決の中に実質上盛り込まれている場合に限り、かつ、命ぜられる具体的措置には、債務者に最も負担が少ないと認められるものが選択されるべきである」と説く(中野貞一郎=下村正明『民事執行法』[2016]820頁以下。富田善範『不作為執行』大石忠生ほか編『裁判実務大系(7) 民事執行訴訟法』[1986]505頁も、ごく例外的ながら、代替執行の可能性に言及する)。抽象的不作為判決は特定の具体的な作為・不作為請求権の存在を当然には包摂しておらず(一例として、原告が請求の趣旨において具体的作為[エアコン室外機の撤去]を求めたのに対して、裁判所が抽象的不作為[50デシベル超の騒音到達禁止]の限度で請求を認容した、京都地判平成20・9・18裁判所Web[平18(マ)316号]参照。実体法上の理解として、被害者らの具体的な作為・不作為請求権を観念しうるかという議論に関して、松本博之『抽象的不作為命令を求める差止請求の適法性』自由と正義34巻4号33頁参照)、具体的措置義務をめぐる争いは判決手続により争う機会が保障されるべき性質の問題であることに鑑みれば、執行裁判所が適当処分として特定の措置を命じることのできる場合は、制限的肯定説が示唆するように、当該措置義務について実質的な審理判断を経ていると認められる場合など、債務者の側に起訴責任を転換することを正当化するに足りる事由を必要としよう(より柔軟な被害者救済のためにには、判決手続と執行手続の分離を前提とする伝統的執行観からの転換が必要と考えられることにつき、川鳴四郎『差止救済過程の近未来展望』[2006]260頁参照)。このことにより、強制執行の方法が間接強制の方法に限定される場合があるとしても、抽象的不作為判決およびこれに基づく強制金決定の存在が当事者間の紛争解決に向けた行動指針として果たす役割は、看過されるべきでないだろう(井上治典・民事訴訟法判例百選Ⅰ(新法対応補正版)149頁も、抽象的不作為判決の持つ、紛争の終局的解決に向けた「一里塚」としての意義を指摘する。佐藤彰一『差止論が動いた』法時73巻3号17頁も参照)。
## 3 複数の執行方法の併用の可否
3 抽象的不作為判決の強制執行の方法として、将来の義務違反抑止のための適当処分(前記⑨)の申立ても許容しうると解する場合には、不作為債務自体の間接強制(前記⑦)の申立てとの併用の可否が問題となりうる。前述のように、侵害結果の防止方法が多様性を持ちうる生活妨害事案においては、具体的措置の選択を相手方に委ねることが合理的であると考えれば、第一次的には不作為債務自体の間接強制の申立てによることとし、これが不奏功である場合に適当処分の申立てによることができるとの解釈論(竹下・前掲35頁)が整合的である。いわゆる間接強制の補充性の考え方を前提とすれば、代替執行が可能な債務について間接強制を先行させることには理論的な疑義を生じうるが、平成15年担保・執行法改正(平成15年法律134号)が間接強制の補充性を排除したことにより、上記の疑問点は基本的には解消されたと言える(田頭章一・本百選(第2版)145頁参照)。また、平成15年担保・執行法改正は、適当処分の執行方法として、従来の代替執行による方法(民執171条1項2号後段)に加えて、新たに間接強制による方法(民執173条1項)を定めているが、この両者の関係については、間接強制の補充性を排除した改正の趣旨に照らして、並行申立てを認める見解が多数である(議論につき、山本和彦『間接強制の活用と限界』曹時66巻10号2706頁以下参照)。
[参考文献]
本文中に掲げたもののほか、本件紛争の発生から訴訟の終結に至るまでの経緯につき、名古屋新幹線公害訴訟弁護団「静かさを返せ!――物語・新幹線公害訴訟」[1996]参照。