判例
民事訴訟法民事執行・保全判例百選第3版73
担保権証明文書
全文
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# 担保権証明文書
名古屋高裁昭和62年6月23日決定
(昭和62年(ラ)第50号:債権差押及び転付命令却下決定に対する執行抗告申立事件)
(判時1244号89頁,判夕654号256頁,金判783号31頁)
東京大学教授
菱田雄郷
ひしだ ゆうきょう
## 事実の概要
X(申立人・抗告人)が破産者A会社に本件商品を売却したところ、A会社はその代金を支払わないまま、本件商品を第三債務者Bらに売却した。そこで、Xは、昭和62年4月15日、A会社に対する売買代金債権を被担保債権とする本件動産売買先取特権に基づく物上代位権の行使として、A会社のBらに対する売買代金債権について本件債権差押えおよび転付命令の申立てをした。その際、Xは本件動産売買先取特権を証明する文書として、本件各取引につき、受注先がA会社、出荷先がBらとの記載のあるX宛の各荷物受取書、A会社において本件商品をBらに売却してその代金を請求する旨のA会社作成名義の各請求明細書、XのA会社に対する各請求書(控)、Xの営業部の職員作成の、Xが本件商品をA会社に売却した旨等およびこの取引についての説明、報告を記載した報告書を提出した。これに対して第1審裁判所は、民事執行法193条1項のいう「担保権の存在を証する文書」につき、同文書は、公文書であることを要せず、私文書でもよいし、一通の文書によらず、複数の文書であってもよいが、それによって債務者に対する担保権の存在が高度の蓋然性をもって証明されることを要すると解するのが相当であるとし、結局本件においては破産宣告前にA会社自身が作成し、または作成に関与したXとA会社間の本件商品の売買を証明する文書は存在しておらず、前記荷物受取書についても破産宣告前のA会社の会社印が押捺された文書ではないから、前記のXの担保権の存在を高度の蓋然性をもって証明する文書とはいえず、本件においては「担保権の存在を証する文書」の提出がないとしてXの本件申立てを却下する決定をした。そこでXは執行抗告を提起。
## 決定要旨
取消差戻し。
「民事執行法193条1項による動産売買先取特権にもとづく物上代位権を行使するには、債権者債務者間の動産の売買がなされたこと、債務者の第三債務者に対するこの転売がなされたことを債権者は文書によって証明することを要するが、右の証明文書は、同法181条1項1号ないし3号に定められているような公文書であることを要する旨の規定はないのであって、同条1項4号の文書と同じく、複数の文書を総合して裁判所の自由心証によって担保権の存在が認定できる文書をもって足るものと解するのが相当である。
そして、本件において、XとA会社との間の商品売買についてA会社が作成ないし作成に関与した文書、すなわちA会社の記名押印等のある売買基本契約書とか注文書とかが存在しないことは原審の説示するとおりである。
しかしながら、現在の商品取引社会においては、売買契約書、注文書などの書面を省略して売買契約をする商
品取引が多く存在することは当裁判所に顕著である。したがってこのような書面の提出がないことの一事をもって、このことを理由として債権者の物上代位権の行使を拒否することは、右の取引社会の実情にそぐわないからである。
そして民法の認めている動産売買の売主の先取特権の行使が手続上不当に制限されることのないよう留意すべきであることは当然であるし、また、債務者保護の点については、物上代位権の行使としての差押命令等に対して債務者は執行抗告をすることができ、この簡易な手続の中で、債務者は必要とあらば、担保権の不存在とか消滅とかを争うこともできるし、反面債権者保護の点については、債務者は容易に転売代金債権を処分できる立場にあるのが通常であり、これらの各点を考慮すれば、前記のようにXの本件申立のような申立につき債務者が作成に関与した文書の提出を常に要求することは債権者にとって酷にすぎ、かつ取引の実情にもそぐわないというべきである。
これを本件についてみるにXが提出した前記各文書を総合して判断すれば、本件担保権の存在すなわちXがA会社に本件商品を売渡したこと及びA会社がBらに右商品を転売したことが優に認められるというべきである。」
## 解説
### 1 準名義説と書証説
強制執行は債務名義を基礎とする。債務名義に表示された請求権が存在しなくても、それのみで強制執行が違法となることはない(中野貞一郎=下村正明『民事執行法』[2016]156頁)。執行機関には執行に専念させ、請求権の存否の判断はしかるべき権利確定機関に委ねる趣旨である(中野=下村・前掲書23頁以下)。
他方、担保権実行は、債務名義ではなく、担保権に内在する換価権を基礎とする(田中康久『新民事執行法の解説[増補改訂版]』[1980]401頁)。その結果、担保権実行の申立ての際には担保権の存在の証明が要求されることとなるが、執行機関に実体判断をさせるのは適当ではない等の理由から、不動産担保権の実行等は、法定された文書(以下、法定文書)が提出されたときに限り、開始され(民執181条1項・189条等)、かつ、法定文書が提出されればそれ以上の実体判断をすることなく開始決定をしなければならないと解されている(田中・前掲書403頁以下)。
以上のように法定文書は債務名義類似の機能を果たすものであるが(ただし、民執181条1項4号は別)、動産売買先取特権に基づく物上代位権の行使としての債権差押えの申立てに際して提出を要求される文書の種類は具体的に特定されておらず、「担保権の存在を証する文書」(以下、担保権証明文書)の提出が求められることができる(民執193条1項)。そこで、いかなる文書が担保権証明文書に該当するか解釈により明らかにする必要が生ずるが、その答えは、担保権実行における執行機関と権利確定機関
別冊 Jurist No.247
の峻別をどこまで重視するかによって変わる。峻別を重視する論者は、単独で担保権の存在を証明する文書のみが担保権証明文書にあたると考えるのに対し、峻別をそこまで重視しない論者は、担保権実行は、債務名義ではなく担保権に内在する換価権に基づく以上、担保権の存在が証明されることが重要であり、かかる証明が単独の文書によってなされる必要はない、と考える。前者は準名義説と呼ばれ、後者は、どこまでの文書を許容するかで一定の幅があるものの、総称して書証説と呼ばれる(中野貞一郎「担保権の存在を証する文書」同『民事手続の現在問題』[1989]484頁)。
## 2 従来の裁判例
裁判例においては、当初は準名義説に近い説示をなすものが多かったが(東京高決昭和58・3・29判時1078号86頁、東京高決昭和59・7・3判時1126号40頁、東京高決昭和59・9・7判9545号136頁、東京高決昭和59・11・15判9548号154頁、やや異質なものとして大阪高決昭和58・6・8判時1097号53頁)、その後、書証説の立場を明らかにする裁判例が支配的となる(名古屋高決昭和60・5・24判9562号110頁、大阪高決昭和60・8・12判時1169号56頁、大阪高決昭和60・10・2判9583号95頁、仙台高決昭和60・11・27判9603号86頁、名古屋高決昭和61・3・19判9606号87頁、大阪高決昭和61・7・14判時1215号59頁、大阪高決昭和62・1・26金判766号22頁。準名義説になお軸足を置くものとして東京高決昭和60・10・8判時1173号66頁②事件)。一般論を述べないまま複数の文書を総合考慮する余地を認める裁判例(東京高決昭和60・3・19判時1152号144頁[本書74①事件]、東京高決昭和60・6・28判9566号149頁、東京高決昭和60・8・14金判732号31頁)も書証説と見てよい。本決定も、書証説を採用する。
しかし、書証説に立つ裁判例も2つの点でなお詰める点を残している。第1は、売買契約書や注文書などの証拠価値の高い文書が全く提出されず、債務者が倒産状態に陥った後に債務者によって作成された文書(債権者の意向に沿う形で作成される蓋然性が高い)や債権者が一方的に作成した納品書しか提出されない場合についても、直ちに却下せず裁判所の自由心証に基づく証拠評価に委ねるか、このような場合は事実ごとの証拠評価をすることなく申立てを却下するか、という点である(以下、第1論点)。前掲・名古屋高決昭和60年や本決定は前者の立場に立つのに対し、債権者や第三債務者が事後的に作成した報告書のみをもって担保権証明文書とすることは民事執行法193条1項の証拠制限書脱にあたり許されない旨説示する前掲・大阪高決昭和61年や、債務者が作成に関与していない文書ということのみで、慎重な評価を経ずに担保権証明文書とはいえないとした本件原審は後者の立場に立っているように見える(ただし、小林秀之・判評345号[判時1247号]54頁は、前掲・大阪高決昭和61年も証拠能力の制限までは意図していないのではないか、と述べる)。
第2は、担保権の存在についてどの程度の証明を要求するかという問題である(以下、第2論点)。高度の蓋然性をもって証明することを要求するのが一般的であるが(前掲・大阪高決昭和60年、前掲・大阪高決昭和61年、本件原審)、本決定については、証明の程度について言及せず、実際にも必ずしも証拠価値が高いとは思われない文書のみで売買および転売を認定していることからすると、債権者に対して高度の蓋然性による証明までは要求していない可能性がある(吉野正三郎・民事執行法判例百選224頁)。
## 3 学説
以上の2点については学説でも対立がある。第1論点については、売買契約書や注文書などの証明力の高い文書を全く要求しないとすれば大量事件の迅速な処理の妨げになるおそれがある、として一定の証拠制限を設けることの合理性を認める主張がある一方で(高橋龍・昭和63年度主要民事判例解説[判9706号]298頁)、取引の実情においては売買契約書や注文書は省略されることが多く、転売代金債権は容易に処分されてしまうため、債務者が作成に関与した文書を要求すれば権利の実現は著しく困難になる一方、仮に不当な担保権実行手続が開始されても、債務者は簡易な執行抗告によって担保権の存在を争うことができるという、本決定でも採用されている理由を挙げた上で全て自由心証に委ねる見解も有力である(中野・前掲論文500頁以下)。
また、第2論点についても、高度の蓋然性を要求する見解が主張される一方で(野村秀敏「動産売買先取特権とその実行手続をめぐる裁判例の動向(5)」判評351号[判時1266号]12頁、吉野・前掲解説)、中野・前掲論文507頁以下のように、動産売買先取特権を実効化するためには担保権の存在を認定するために要求される証明度を緩和することが必要であるという有力説も存在する。
## 4 本決定後の裁判例と実務運用
本決定後の裁判例は、①一般論を述べないまま事後的に作成された文書を含めた複数の文書の証拠評価を許容するもの(東京高決昭和63・5・25東高民時報39巻5・8号29頁)、②第1論点につき、債務者が関与しない文書は一般的には証明力が弱いという留保を付した上で、複数の文書による証明を許容し、第2論点につき、高度の蓋然性を要求するもの(大阪高決平成12・2・15判時1713号65頁、東京地決平成14・1・22判91103号225頁。なお船舶先取特権の実行に関するものとしては仙台高決平成17・11・11金判1231号24頁があり、東京地決平成21・5・18金法1896号101頁とその抗告審である東京高決平成21・8・6同金法96頁もこれに近い)、③第2論点について高度の蓋然性を要求する一方、第1論点について複数の文書による証明を許容しつつ、債務者が関与していない文書については特別な事情がない限り証明力は認められないとするもの(東京高決平成10・1・23判時1641号89頁、東京地決平成14・5・21判91103号226頁)、④(第2論点について高度の蓋然性を要求することを前提として)第1論点に関して、文書自体において客観性をもった高い証明力があることを要求するもの(東京地決平成21・2・13判91307号307頁、なお、その抗告審たる東京高決平成21・3・30同判9304頁が原審の一般論に与するものかは明らかではない)に分かれる。もっとも、①と②は相互に排他的なものではなく、②と③の違いも微妙なものである。他方、④は、準名義説に近い表現であり、この点やや異質ではあるが、実際には提出された複数の文書を吟味している点に鑑みると、これも②と大差はないといえようか。
実際の運用を紹介する文献によれば、上記②に近い立場が実務では支配的であるようである(相澤眞木・堀原聡編著『民事執行の実務[第4版]債権執行編(上)』[2018]271頁以下)。その理由としては、第1論点につき、一般に証拠価値が低いとされる文書であっても補強証拠として利用する余地はあること、第2論点につき、動産売買先取特権に基づく物上代位権が行使される際には債務者が倒産状態であることが多く、債務者からの執行抗告提起によって誤りが是正されることは期待できないことが指摘される(相澤・堀原編著・前掲書271頁以下)。いずれも説得的な理由であると思われる。
[参考文献]
本文中に引用したもの。