【文献番号】27681118
麻薬取締法違反被告事件
昭和三一年(あ)第二八六三号
同三六年六月七日大法廷判決
上告人 検察官 大阪高等検察庁検事長
被告人 有馬喜市 弁護人 大西保
検察官 村上朝一 外一名
主 文
原判決を破棄する。
本件を大阪高等裁判所に差し戻す。
理 由
大阪高等検察庁検事長代理次席検事米田之雄の上告趣意について。
所論は判例違反をいうが、引用の最高裁判所第三小法廷の判例は、押収物の証拠能力に関するものであつて、本件に適切でなく、また、原判決は、引用の東京高等裁判所の判例と相反する判断を示していないこと原判示自体に徴し明らかであるから、所論は原判示にそわない主張であり、いずれも上告適法の理由に当らない。
職権により調査するに、憲法三五条は、同三三条の場合には令状によることなくして捜索、押収をすることができるものとしているところ、いわゆる緊急逮捕を認めた刑訴二一〇条の規定が右憲法三三条の趣旨に反しないことは、当裁判所の判例(昭和二六年(あ)第三九五三号、同三〇年一二月一四日大法廷判決、刑集九巻一三号二七六〇頁)とするところである。同三五条が右の如く捜索、押収につき令状主義の例外を認めているのは、この場合には、令状によることなくその逮捕に関連して必要な捜索、押収等の強制処分を行なうことを認めても、人権の保障上格別の弊害もなく、且つ、捜査上の便益にも適なうことが考慮されたによるものと解されるのであつて、刑訴二二〇条が被疑者を緊急逮捕する場合において必要があるときは、逮捕の現場で捜索、差押等をすることができるものとし、且つ、これらの処分をするには令状を必要としない旨を規定するのは、緊急逮捕の場合について憲法三五条の趣旨を具体的に明確化したものに外ならない。
もつとも、右刑訴の規定について解明を要するのは、「逮捕する場合において」と「逮捕の現場で」の意義であるが、前者は、単なる時点よりも幅のある逮捕する際をいうのであり、後者は、場所的同一性を意味するにとどまるものと解するを相当とし、なお、前者の場合は、逮捕との時間的接着を必要とするけれども、逮捕着手時の前後関係は、これを問わないものと解すべきであつて、このことは、同条一項一号の規定の趣旨からも窺うことができるのである。従つて、例えば、緊急逮捕のため被疑者方に赴いたところ、被疑者がたまたま他出不在であつても、帰宅次第緊急逮捕する態勢の下に捜索、差押がなされ、且つ、これと時間的に接着して逮捕がなされる限り、その捜索、差押は、なお、緊急逮捕する場合その現場でなされたとするのを妨げるものではない。
そして緊急逮捕の現場での捜索、差押は、当該逮捕の原由たる被疑事実に関する証拠物件を収集保全するためになされ、且つ、その目的の範囲内と認められるものである以上、同条一項後段のいわゆる「被疑者を逮捕する場合において必要があるとき」の要件に適合するものと解すべきである。
ところで、本件捜索、差押の経緯に徴すると、麻薬取締官等四名は、昭和三〇年一〇月一一日午後八時三〇分頃路上において職務質問により麻薬を所持していた瀬上ミツヱを現行犯として逮捕し、同人を連行の上麻薬の入手先である被疑者有馬喜市宅に同人を緊急逮捕すべく午後九時三〇分頃赴いたところ、同人が他出中であつたが、帰宅次第逮捕する態勢にあつた麻薬取締官等は、同人宅の捜索を開始し、第一審判決の判示第一の(一)の麻薬の包紙に関係ある雑誌及び同(二)の麻薬を押収し、捜索の殆んど終る頃同人が帰つて来たので、午後九時五〇分頃同人を適式に緊急逮捕すると共に、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をとり、逮捕状が発せられていることが明らかである。
してみると、本件は緊急逮捕の場合であり、また、捜索、差押は、緊急逮捕に先行したとはいえ、時間的にはこれに接着し、場所的にも逮捕の現場と同一であるから、逮捕する際に逮捕の現場でなされたものというに妨げなく、右麻薬の捜索、差押は、緊急逮捕する場合の必要の限度内のものと認められるのであるから、右いずれの点からみても、違憲違法とする理由はないものといわなければならない。
しかるに、原判決は、刑訴二二〇条一項後段の規定によつて行なう捜索、差押は、緊急逮捕に着手した後に開始することを要し、緊急逮捕に着手しないで捜索、差押を先に行なうことは許されないとすると共に、緊急逮捕の現場でする捜索、差押であつても、その対象となるべき証拠物件の範囲は、その逮捕の基礎である被疑事実に関するものに限られるべきものであつて、他の犯罪に関するものにまで及ばないとし、第一審判決の判示第一の(二)の麻薬は、麻薬取締官等が被疑者有馬喜市を緊急逮捕すべく同人宅に赴いたところ、たまたま同人の不在のためその緊急逮捕に着手しないうちに同人宅の捜索を開始して差押えたものであり、その捜索、差押が殆んど終る頃になつて帰宅した同人を逮捕したことが明らかであるから、かかる捜索、差押は違法といわなければならず、且つ、右被疑者につきその被疑事実とは別の麻薬所持なる余罪の証拠保全のためになされたものと解するのほかなき本件の捜索、差押は、この点においても違法たるを免かれないところであつて、要するに、本件捜索差押は、同条一項後段の規定に適合せず、且つ、令状によらない違法の捜索、差押であるから、憲法三五条に違反するものといわなければならず、かかる違法の手続によつて押収された右麻薬及びその捜索差押調書等は、証拠としてこれを利用することは禁止されるものと解すべきものとする。しかし、右は、憲法及び刑訴法の解釈を誤つた違法があるものというべく、その違法は、判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れない。
のみならず、第一審判決の判示第一の(二)の事実(昭和三〇年一〇月一一日被告人宅における麻薬の所時)に関する被告人の自白の補強証拠に供した麻薬取締官作成の昭和三〇年一〇月一一日付捜索差押調書及び右麻薬を鑑定した厚生技官中川雄三作成の昭和三〇年一〇月一七日付鑑定書は、第一審第一回公判廷において、いずれも被告人及び弁護人がこれを証拠とすることに同意し、異議なく適法な証拠調を経たものであることは、右公判調書の記載によつて明らかであるから、右各書面は、捜索、差押手続の違法であつたかどうかにかかわらず証拠能力を有するものであつて、この点から見ても、これを証拠に採用した第一審判決には、何ら違法を認めることができない。されば原判決は、この点においても違法であつて、破棄を免れない。
よつて、刑訴四一〇条本文、四〇五条一号、四一一条一号により原判決を破棄し、同四一三条本文により、本件を大阪高等裁判所に差し戻すべきものとし、主文のとおり判決する。
この判決は、裁判官入江俊郎、同池田克、同垂水克己の補足意見、裁判官横田喜三郎、同藤田八郎、同奥野健一の意見及び裁判官小谷勝重、同河村大助の少数意見があるほか、裁判官全員一致の意見によるものである。
裁判官池田克の補足意見は次のとおりである。
緊急逮捕を認めた刑訴二一〇条の規定の憲法適否の問題は、本件の争点をなすものではない。しかし、多数意見の引用する当裁判所の判例は、右刑訴法の規定をもつて憲法三三条の趣旨に反しないとしているにとどまり、何故に然るかの理由については、何等判示するところがない。すなわち、この際、その理由づけをしておくことは、決して徒爾ではないと考える。その要領は、次のとおりである。
憲法三三条は、逮捕には現行犯の場合を除いては、すべて権限を有する司法官憲が発し、且つ、理由となつている犯罪を明示する令状によらなければならない旨を規定する。このように令状主義を採るのは、もとより憲法の基調とする人権保障の趣旨によるのであり、被疑者を逮捕するには、その逮捕が正当であるかどうかを裁判官の判断にかからしめ、裁判官において理由があると認めて発した令状を要することとしたものに外ならない。
しかし、捜査上被疑者逮捕の如き強制処分が認められるのは、それによつて被疑者を保全するためであり、そのためには現行犯でなくても、被疑者の保全を必要とする緊急の場合のあること、そしてそのような合理的事由を存する場合で裁判官の逮捕状を求めることができないときは、捜査機関をしてその理由を告げて被疑者を逮捕することを得しめても、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をなさしめて逮捕状が発せられないときは直ちに釈放すべきものとする限り、人権保障上格別の弊害もなかるべきこと等を考え併せると、憲法三三条の令状主義は、現行犯の場合を除いては、必ずあらかじめ裁判官の令状を得なければ絶対に逮捕し得ないことを規定したものとみるべきではなく、逮捕には、必ず裁判官の令状の裏づけを必要とすることを規定した趣旨と解するのが相当である。
ところで、いわゆる緊急逮捕を規定した刑訴二一〇条は、捜査機関は、犯罪が死刑又は無期若しくは長期三年以上の自由刑に当り、且つ、その罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し裁判官の逮捕状を求めることができないときは、その理由を告げて被疑者を逮捕することができるものとし、この場合には、直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をしなければならず、若し逮捕状が発せられないときは、直ちに被疑者を釈放しなければならないと規定する。同条は、右のように厳格な条件の下においてのみ被疑者の逮捕(身体の自由を拘束して特定の場所に引致すること)を許容したものであり、且つ引致後直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をとらせることとしているのであるから、この規定により逮捕状が発せられたときは、憲法三三条のいわゆる令状の裏づけがあるものというべきであり、これを同条の令状主義の例外とみるべきではない。
すなわち、刑訴二一〇条の緊急逮捕は、令状主義の要請する人権保障と被疑者逮捕の合理的必要性との調整を、引致後直ちに逮捕状を求める手続をなさしめ逮捕状が発せられないときは、直ちに釈放すべきものとする点に求めたものというべきであつて、なお、令状による逮捕として憲法三三条の容認するところと解される。従つて、また、同三五条にいわゆる「第三三条の場合」には、緊急逮捕の場合を含むものと解すべきであることを附言する。
裁判官入江俊郎の補足意見は次のとおりである。
多数意見の引用する当裁判所の判例と憲法三三条との関係についてのわたくしの見解は、前記池田裁判官の補足意見と同様である。よつて、同裁判官の右補足意見を全部援用して、わたくしの補足意見とする。
裁判官垂水克己の補足意見は次のとおりである。
一 刑訴二一〇条により、司法警察職員らが一定の重い罪を犯したことを疑うに足りる充分な理由がある場合で、急速を要し、裁判官の逮捕状を求めることができないときに、その理由を告げて被疑者に対して行う逮捕は、逮捕後直ちに裁判官の逮捕状を求める手続をし、よつて逮捕状が発せられた場合には(逮捕状には刑訴二〇〇条により被疑者の氏名、住居、罪名および被疑事実の要旨が記載される)、なお、憲法三三条にいう「権限を有する司法官憲が発し、且つ理由となつている犯罪を明示する令状による」逮捕といつてよいと思う。けだし緊急逮捕は直後に公正な裁判官の令状を受ける予定の下に行われ裁判官も遅滞なくこの逮捕を正当として許可する令状を発付したものであるかぎり、これを「逮捕令状に依拠する」逮捕といえるだろうから。されば、緊急逮捕の規定は令状主義の例外というよりは変則的令状主義といつてもよかろう。多数意見引用の大法廷判決は右の趣旨を示したものと解される。若し逮捕令状を受けうべきことを信じて緊急逮捕(条件附令状逮捕)を行つたが逮捕状を得られなかつた場合には、右の逮捕は爾後緊急逮捕とはならず、被疑者は直ちに釈放されなければならない。(尤も、それはすぐ様不法逮捕となる訳のものでもない。)
憲法三五条一項はいう「何人も、その住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は、三三条の場合を除いては……、場所……物を明示する令状がなければ、侵されない。」と。「三三条の場合」とは何か。私見によれば、三三条は「(a)令状によつてのみ逮捕できる(逮捕の場合の原則)。(b)現行犯にかぎり令状なしに逮捕できる(同例外)。」という、人身逮捕の許されるただ二つの場合を示したのである。だから憲法三五条一項の意味は「何人も……侵入、捜索及び押収を受けることのない権利は三三条の場合(すなわち(a)令状による逮捕の場合と(b)現行犯逮捕の場合。)を除いては……場所、……物を明示する令状がなければならない。」ということである。
現行犯の意味はすでに今世紀の初めには世界の多くの立法において大体決定していた、すなわち、大体刑訴二一二条所定の現行犯、準現行犯を含むもの、またはこれに類似するものを指すものとされていた、と思われるので、憲法三三条にいう現行犯もかようなものを指すと解される。
現行犯、準現行犯を逮捕するためなら憲法上全然令状を要しないのであるから、刑訴二一〇条緊急逮捕の規定は非現行犯(数月・数年前に犯されたような犯罪を含む)に関するものであることは疑う余地がない。
二緊急逮捕も事後令状に依拠する逮捕だとはいつても、犯罪の嫌疑も逮捕の必要も現行犯の場合の如くしかく何人にも明らかな場合の逮捕とはいえない。この場合に被疑者の逮捕(事後の逮捕状の発付によつて始めて正当となる)に附随して刑訴二二〇条により、捜査官憲が必要と認めて特別の令状なしに行う第三者の住居、建造物内への立ち入りや被疑者の捜索あるいは逮捕現場での第三者保有、占有物の差押、捜索または検証は(殊に第三者のものに対する場合には)、憲法三五条によつても許されると解されるとはいえ、個人のプライヴアシイを尊重する憲法の精神に即した公正にして節度あるものでなければならない。また、裁判官が逮捕後令状を発付すべきか否かを決するに当つても逮捕あるいは証拠物の押収という既成事実に囚われることなく、事前に相当の嫌疑(徴憑)や逮捕の必要性があつてこれら強制処分が行われてよいものであつたか否かを厳正に検討しなければならない、と私は考える。
刑訴二二〇条一項一号は、緊急逮捕または現行犯逮捕をする場合において必要があるときは人の住居又は人の看守する建造物内に立入り被疑者の捜索をすることができる旨規定するが、これは身柄逮捕の目的のためにのみ許されるものと考える。例えば、逮捕しようとした途端被疑者が隣家に逃げ込んだような場合改めて家宅捜索令状を得なくても逮捕権者は逮捕のためその第三者の住居を捜索できるという趣旨であつて、これは条理上当然許されてよいことである。同項二号は、同様に、逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすることをも許す。ここに「逮捕する場合」および「逮捕の現場」というのは、多数意見のいう如く、時間的にも場所的にも幾らか幅の広い観念であろうが、しかし、「逮捕する場合」とか「逮捕の現場」という観念は、現実に逮捕の着手行為(逮捕のための被疑者への接近)若しくは少くとも逮捕のための被疑者の身柄捜索行為がなければ客観的なものとして考えられないのではないか。また逮捕の目的から被疑者の身柄の所在を捜索したところ、そこで彼の犯罪の証拠と思われる賍物等を発見したという如き場合、これらを特別の令状なしに差押え、検証する如きも条理上附随的に許されてよいことであろう。けれども多数意見の判示するように本件の如く捜査官憲が内心緊急逮捕の目的をもつて被疑者の家に行き単に緊急逮捕の態勢を整えただけで行なつた家宅捜索は「逮捕の場合に、逮捕の現場で」行つたものといえるだろうか。捜査官憲が被疑者逮捕の意思をもつて捕縄を何時でも用いうべきような状態を整えただけで誰の住居にでも立入り、検証、捜索、押収することができるとなつては大変である。
なお、緊急逮捕の場合その現場で行う捜索、差押、検証は当該逮捕の原由たる被疑事実に関する証拠と認められるものについてのみなすべきであつて、余罪の証拠についてこれをすべきでない。しかし、逮捕原由たる被疑事実(例えば麻薬譲渡)に関する証拠が偶々同時に余罪(例えば麻薬密輸入罪)の証拠でもあるからといつてこれを押収できない訳はない。
三 違法な手段方法によつて入手された証拠を裁判所は被告人の犯罪事実認定の資料に供することができるか。私は重大顕著に違法な手段によつて入手された証拠を一資料としてなされた有罪判決は条理上破棄されなければならないと解するのを相当と考える。しかし、そうでない軽い違法手段によつて入手した証拠を罪証に供した判決は破棄されるべきかぎりでない。判示の押収物は被疑者の身柄捜索に着手前に、すなわち、私見によれば違法に捜索、押収された物ではあるが、これについては直後に裁判官の逮捕令状を得ている以上(この令状は予め得た逮捕令状に比すれば右物件の捜索押収を正当とする上において一層有力なものといえよう)証拠能力はあるといえる。なお、証拠能力のない証拠物件、家宅捜索調書等であつても、被告人が自己の利益にこれを援用しようとした場合、その他これを証拠とすることに同意した場合には証拠能力を持つに至ると考えてよい。
裁判官横田喜三郎の意見は次のとおりである。
私は判決の主文に賛成するけれども、その理由に反対であつて、つぎのように意見を述べる。
一、令状によらない捜索差押について
1、憲法は、第三三条で、現行犯の場合を除いて、逮捕の令状によらなければ、何人も逮捕されないことを規定し、第三五条で、逮捕状による逮捕と現行犯による逮捕との場合を除いて、捜索押収の令状がなければ、何人も住居、書類及び所持品について、侵入、捜索及び押収を受けないことを規定している。
正当な理由と手続によらなければ、何人も逮捕されず、捜索押収を受けないことは、重要な基本的人権であつて、憲法が原則としてかならず令状によることを要するとし、たんに現行犯の場合にかぎつて例外的に令状を必要としないことにしたのは、この基本的人権を保障するためにほかならない。しかも、旧憲法の時代に、右の基本的人権が十分に保障されなかつたことにかんがみて、新憲法はとくに詳細な規定を設け、これを強く保障することにした。それだけに、その規定は、厳格に解釈適用しなくてはならない。
2、憲法の規定の線に沿つて、刑事訴訟法は、第二一八条で、差押や捜索は、裁判官の発する令状によつて行なうことを規定し、第二二〇条で、逮捕状による逮捕、現行犯による逮捕及び急速を要する逮捕の場合には、令状を必要としないで、差押や捜索を行なうことができるとしている。いいかえれば、右の場合を除いて、差押や捜索は、かならず裁判官の発する令状によらなければならない。
この差押や捜索について、刑事訴訟法第二二〇条一項は、「被疑者を逮捕する場合において」、「逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること」ができるとしている。「被疑者を逮捕する場合において」といい、「逮捕の現場で」というのは、被疑者が現場にいて、逮捕と同時に捜索や差押を行なうか、すくなくとも逮捕の直前または直後に捜索や差押を行なうことを意味する。被疑者が不在であつて、逮捕ができない場合は、「被疑者を逮捕する場合」とはいえず、まして「逮捕の現場」とはいえない。そのような場合には、第二一八条にしたがつて、裁判官の令状を求め、それによつて捜索や差押を行なうべきで、令状なくしてこれらのことを行なうことはできない。
3、本件の捜索と差押を見るに、麻薬取締官は、被疑者を緊急逮捕する目的で、午後九時三〇分頃に、被疑者の宅に着いた。被疑者は不在であつたが、ただちに捜索を開始し、麻薬を発見して、これを押収した。そこへ、被疑者が帰つてきたので、これを緊急逮捕した。それは午後九時五〇分頃であつた。そのさいに、麻薬取締官は、逮捕の令状も、捜索と差押の令状ももつていなかつた。そうしてみると、麻薬取締官は、被疑者を逮捕する場合とか、逮捕の現場とかいえないのに、捜索と差押の令状をもたないで,これらのことを行なつたものである。したがつて、それは刑事訴訟法第二二〇条に違反し、さらに根本的には、憲法第三五条に違反する。
これに対して、多数意見では、被疑者が午後九時五〇分頃に帰宅し、これを逮捕したから、捜索差押と逮捕は、同じ場所で行なわれ、時間的にも接着しているから、被疑者を逮捕する場合に逮捕の現場で捜索差押を行なつたものであり、憲法と刑事訴訟法に違反しないとする。しかし、捜索と差押は、被疑者が不在であつて、その行き先きも帰宅の時間もわからないときに開始され、実行され、完了されたのであつて、被疑者を逮捕する場合に行なつたものとはいえない。被疑者が間もなく帰宅し、これを逮捕したことは、予期しない偶然の事実にすぎない。もし被疑者の帰宅がおくれるか、帰宅しなかつたならば、時間的と場所的の接着がなく、捜索差押を弁護することは、まつたく不可能であつたろう。同じ捜索差押の行為でありながら、被疑者が間もなく帰宅したという偶然の事実が起これば、適法なものになり、そうした事実が起こらなければ、違法なものになるというのは、あきらかに不合理である。ある捜索差押の行為が適法であるかいなかは、その行為そのものによつて判断すべきで、その後に起こつた偶然の事実によつて左右されるべきではない。
4、これによつて見れば、本件の捜索差押は、刑事訴訟法第二二〇条に違反し、さらに根本的には、憲法第三五条に違反するといわなければならない。正当な理由と手続によらなければ、何人も逮捕されず、捜索差押も受けないことは、重要な基本的人権であつて、新憲法が強く保障することに照らして見れば、本件のような捜索差押は、適法なものと認めることができない。
二、違法な捜索差押手続によつて収集された証拠について
1、証拠物の証拠能力は、本来ならば、証拠物そのもの自体によつて判断すべきで、その物を収集した手続が適法であるか違法であるかによつて判断すべきではない。収集の手続が違法であれば、その違法については、違法な手続をとつた者を処分し、それによつて違法な手続の起こるのを防止するのが合理的である。証拠物そのものについては、それ自体として証拠能力をもつならば、それを認めるのが当然であつて、それを収集した手続のいかんによつて、証拠能力を動かすべきではない。昭和二四年一二月一三日の最高裁判所第三小法廷判決も、「押収物は、押収手続が違法であつても、物それ自体の性質、形状に変異を来すはずがないから、その形状等に関する証拠たる価値に変りはない」としている。
2、もつとも、違法な収集の手続が重大な弊害をもたらすもので、とくにそれを防止するために厳重な規定が設けられた場合は、おのずから別である。違法な手続によつて、重要な権利が侵害され、重大な弊害が生じるような場合には、これをいつそう強力に防止するために、とくに厳重な規定を設けられることがある。このような場合には、違法な手続によつて収集された証拠物の証拠能力を否定することもありうる。
憲法第三五条と、その趣旨に沿つて定められた刑事訴訟法第二二〇条とは、まさに、この趣旨の規定であると解される。憲法第三五条は、国民の住居、書類及び所持品の安全を保障し、逮捕状による逮捕と現行犯による逮捕との場合を除いて、正当な令状がなければ、侵入、捜索及び押収を受けないことを定めている。これは国民の重要な基本的人権であるばかりでなく、旧憲法の時代の経験にかんがみて、新憲法はとくに強く保障することにした。そうしてみれば、これを侵害するような違法な手続によつて、証拠物が収集された場合は、たんに違法な手続をとつた者を処分するだけでなく、収集された証拠物の証拠能力を否定することが必要であり、実際においてそれが憲法の規定の趣旨であると解される。この規定の線に沿つて定められた刑事訴訟法第二二〇条についても、同じである。
3、他方で、しかし、権利または法律上の保障は、別段の規定がないかぎり、それを享有する者が放棄することができる。刑事手続における被告人の権利を保障した憲法の諸規定を見るに、第三八条は、強制、拷問または脅迫による自白と、不当に長い抑留または拘禁の後の自白とについて、これを証拠とすることを禁止している。このような自白については、被告人は憲法上の保障を放棄することができないわけで、かりに被告人がそれを証拠とすることに同意したとしても、裁判所は証拠とすることができない。これに反して、憲法第三五条は、その規定に違反して捜索押収した物について、証拠とすることを禁止していない。そのことは、この規定に基く保障については、被告人が放棄することができることを意味するといわなければならない。
実質的に見ても、これは十分に理由のあることである。社会の秩序を維持するために、不法な行為をした者を罰することは、法の使命であつて、真実に不法な行為をした者は、これを罰することを法は要求する。これについて重要なことは、真実に不法な行為をしたかどうかを発見することである。この発見に役立つものは、本来証拠とすべきものであり、それによつてはじめて、真実が発見され、真実に不法な行為をした者が罰せられ、引いては社会の秩序が維持される。それにもかかわらず、違法な手続によつて収集された証拠について、証拠能力を否定することがあるのは、違法な手続による被告人の不利益と苦痛に対して特別な考慮を払うためである。それだけに、被告人がみずから証拠とすることに同意したならば、それをさまたげる理由はない。
本件の場合について見るに、問題の麻薬は、物それ自体の性質、形状に変異を来たすものでなく、それ自体として証拠能力をもつものであり、それに関する捜索差押調書と鑑定書も、他の訴訟法上の要件をみたすかぎり、証拠とすることができる。第一審において、被告人もその弁護人も、これらの書類を証拠とすることに同意し、その同意の下に公判廷で適法な証拠調が行なわれた。この証拠調に対して、被告人側は、どのような異議も申し立てていない。このことは、被告人側で憲法第三五条の保障を放棄したことを意味すると解しなければならない。すでに第一審で憲法の保障を放棄した以上は、上訴審になつてその保障を主張し、右の書類の証拠能力を争うことは、もう許されないところである。
これによつて見れば、結局において、本件の上告は理由のあるもので、原判決は破棄されなければならない。
裁判官藤田八郎、同奥野健一の意見は次のとおりである。
刑訴二一〇条の規定により被疑者を緊急逮捕する場合において必要があるとき逮捕の現場で令状によらないで捜索押収をすることができるという刑訴二二〇条の規定は、憲法の保障する令状主義の例外をなすものであるから、かかる例外規定は憲法の精神に副うよう厳格に解釈されなければならない。そして刑訴二二〇条一項後段の「被疑者を逮捕する場合において」といい、同項二号の「逮捕の現場で」というのは時期的には逮捕と同時又は直前、直後を意味し、少くとも被疑者が現場に存することを必要とし、苦し被疑者が不在であるとか既に逃亡して現場にいないような場合にはその適用がないものと解さなければならない。然るに、原判決の認定した事実によれば本件捜索差押は、被疑者たる被告人の住居において同人不在のため緊急逮捕に着手しないで、これに先立ち捜索を開始し、本件押収物件を押収し、その後捜索を続行中被告人が帰宅したため緊急逮捕したというのである。すなわち被疑者不在のまま、その行先も不明であり、かつ何時帰宅するかも判らないのにかかわらずその間捜索差押したものであつて前記二二〇条に適合せず、令状によらない捜索差押であるから憲法三五条に違反するものといわざるを得ない。なお本件捜索押収が被告人不在中その長女(当時一七才)の石橋通子が麻薬取締官が家の中を見てもよいかと尋ねたに対し「どうぞ見て頂戴」と答えたからといつて、いわゆる承諾捜索であると解することのできないことは原判示のとおりである。
次にかかる違憲の手続によつて捜索押収された物件、その捜索差押調書等を断罪の証拠とすることが許されるかについて検討するに、たとえ捜索押収の手続が違憲違法であつても押収物件自体の性質、形状に変異を来す筈がないから証拠たる価値に変りはないとの判例(昭和二四年一二月一三日最高裁判所第三小法廷判決)もあるが、われわれはこれに賛同し難い。けだし、捜索押収は犯罪の証憑の収集のため行われるものであつて、憲法三五条はこれに対する国民の住居、書類及び所持品についての安全を保障したものである。従つて同条に違反して収集された物件が、たとえその手続が違憲であつてもなお犯罪認定の証拠とすることが許されるものとすれば右憲法の保障は空文に帰するからである。捜査機関に対するその違反の制裁が他にあるかといつて、かかる違憲な手続によつて収集された物件に証拠能力を与える根拠とはなり得ない。
違憲違法な手続によつて収集された物件が証拠として利用することが許されない以上、当該捜索押収の手続を証する書類である捜索差押調書及びその押収物件に関する鑑定書もまた証拠として利用することは許されないものと解さなければならない。
しかし、憲法上刑事手続における被告人の権利を保障する諸規定のうち、例えば憲法三八条の強制、拷問、脅迫による自白又は不当に長く抑留若しくは拘禁された後の自白を証拠とすることを禁止する規定の如きは、たとえ被告人がこれを証拠とすることに同意したとしても証拠能力を生ずるものではないと解すべきものであるが、憲法三五条の保障の如きは被告人において必ずしもこれを放棄することを許さないものと解すべき根拠はなく、同条に違反して押収された本件押収物件及びこれに関する書類についてこれを証拠とすることに被告人が同意し、捜索差押手続について何ら異議の申立をしない本件のような場合においてはその証拠能力を否定すべき限りではない。本件においては第一審において被告人側は本件捜索差押調書及び鑑定書を証拠とすることに同意し、その証拠調に対し何ら異議を申し立てていないことは本件記録によつて明らかであるから、上訴審において捜索差押手続の違憲違法を主張して本件捜索差押調書及び鑑定書の証拠能力を争うことは許されないものというべきである。
然らば結局本件上告は理由があり、原判決は破棄を免れない。
裁判官小谷勝重、同河村大助の小数意見は次のとおりである。
一、憲法三五条は、同三三条の場合を除いては、捜索及び押収は司法官憲の発する令状によることを必要とし、司法的抑制によつて住居及び財産の安全を保障している。そして刑訴二二〇条一項後段は右令状主義の例外の場合として被疑者を緊急逮捕する場合において必要があるときは、逮捕の現場で令状によらない捜索、差押をすることができる旨定めているのであるが、かかる例外規定は捜索差押が人権侵害の危険を伴うことに鑑み極めて厳格に解釈されなければならないことはいうまでもないところであつて、右刑訴二二〇条一項後段の「被疑者を逮捕する場合」及び同項二号の「逮捕の現場」というのは、逮捕行為を行う際を意味し逮捕行為の前後はこれを問わないが、逮捕行為との時間的場所的接着を必要とし、かつ被疑者が逮捕の現場に現在することを必要とするものと解すべきである。然るに原審の認定した事実によれば、本件の捜索差押は、被疑者有馬喜市の住居において、本人の不在中、すなわち、被疑者の緊急逮捕に着手する前に、その行先も帰宅時刻も判明しないままに開始、実行、完了され、その後に帰宅した同人を緊急逮捕したというのであるから、その捜索差押は同条一項後段の要件を具えない違法な手続により行われたものであって、憲法三五条に違反する処分というべきである。なお本件捜索差押調書中には「任意に捜索した処」との記載があって、上告趣意中にも、それが石橋通子の「どうぞ見て頂戴」との言葉により承諾捜索を意味する旨の主張があるが、この点は原判決が適法な承諾捜索と解することは到底できないと判示したのが正当であると考える。けだし父母共に不在中一七才の少女が、家庭の秘密、住居及び財産の安全を侵すような異常な事態に当面して、その捜索を承諾するが如き権限は通常これを有しないものと見るを至当とするからである。
二、従つて、本件麻薬の捜索差押は憲法の保障する令状主義に違反し、被告人の住居及び財産の安全を侵害する重大な瑕疵を包蔵するものであるから、かかる違法な手続につき作成された捜索差押調書の証拠能力はこれを否定すべきである。また右の如く違法な手続によつて押収された本件麻薬も本来証拠とすることのできないものであるから、これを鑑定した本件鑑定書もまたその証拠能力を否定せざるを得ない。けだし、法は公正な手続に基いて実体的真実の追求を許しているものであつて、人権の保障は、まさに公正な手続の核心をなすものだからである。この意味において「押収物は押収手続が違法であつても物自体の性質、形状に変異を来す筈がないから、その形状等に関する証拠たる価値に変りはない」として、押収手続に違法ある場合の押収物件の証拠能力を肯定した昭和二四年一二月一三日第三小法廷判決はその瑕疵の軽重を問わない趣旨であるならば、それには到底賛同することができない。
三、以上の如く本件捜索差押調書及び鑑定書は、ともにその証拠能力を否定すべきであり、従つて又かかる証拠については証拠調の請求を許さないものと解すべきである。然るに本件第一審において被告人側は、本件捜索差押調書及び鑑定書を証拠とすることに同意し、その証拠調に関し何等の異議を申し立てていないから、かかる訴訟経過の下においては、上訴審において捜索差押手続の違憲無効を主張して本件捜索差押調書等の証拠能力を争うを得ないとの論がある。しかし検察官又は被告人が証拠とすることに同意した書面又は供述につき証拠能力が認められるのは、刑訴三二六条の場合に限られるのであつて、同条は当事者の同意があれば敢えて伝聞証拠禁止の原則を固執する必要なく証拠能力を認めて差支えないとの趣旨に出でた規定であり、しかも当事者の同意があつた場合においても、その書面が作成され、または供述のされたときの情況を考慮し相当と認めるときに限り、証拠とすることができるものとされているのである。従つて、同条を汎く伝聞以外の理由により証拠能力を欠く証拠全般に及ぼし得ざることは明らかであつて、特に本件捜索差押調書等の如く憲法三五条に違反する捜索押収及びこれにより収集された押収物に関し作成された証拠書類については、たとえ被告人側の同意があつたとしても、これを証拠とすることは許されないものと解すべきである。また本件のような違法な証拠の証拠能力を否定することは、国家権力の公正な発動を担保するためにも重要な意味をもつものであつて、憲法に違反する証拠収取の弊害を防止することも考慮するの要あることは勿論である。されば後日被告人側の証拠とすることの同意により本件のような重大な瑕疵がいやされるものとするが如き見解には到底賛同することができない。
以上の理由により原判決の判断は結局正当に帰し、本件上告は棄却すべきものと思料する。
(裁判長裁判官 横田喜三郎 裁判官 小谷勝重 裁判官 島保 裁判官 斎藤悠輔 裁判官 藤田八郎裁判官 河村又介 裁判官 入江俊郎 裁判官 池田克 裁判官 垂水克己 裁判官 河村大助 裁判官 下飯坂潤夫 裁判官 奥野健一 裁判官 高橋潔 裁判官 石坂修一)
大阪高等検察庁検事長代理次席検事米田之雄の上告趣意
原判決はまず第一に、最高裁判所第三小法廷が、昭和二十四年十二月十三日被告人中野光男に対する強盗未遂銃砲等所持禁止令違反事件につき、言渡した判例(別添(一))と相反する判断をした違反があるのみならず、第二に、東京高等裁判所第八刑事部が、昭和二十八年五月十九日被告人仲島栄治外一名に対する銃砲刀剣類所持取締令違反火薬類取締法違反事件につき言渡した判例(別添(二))と相反する判断をした違反があり、而してこれら二判例はいずれも正当として維持せらるべきものなること勿論なるをもつて、所詮破棄を免れないところと思料する。
いま左にこの理由を詳述することとする。
原判決は第一審裁判所が被告人は、法定の除外事由がないのに営利の目的をもつて、(一)昭和三十年十月十一日大阪市西成区松田町一丁目十二番地の自宅において、瀬上ミツヱに対し、情を知らない石橋通子を介して、麻薬である塩酸ジセチルモルヒネ一袋四・九六五瓦を譲渡し、(二)同日同所において、同麻薬一袋四・八五三瓦及同麻薬一包〇・四三三瓦を所持したものである。との公訴事実を、認容し、「被告人を懲役一年六月に処する。差押に係る被告人の所持しておつた麻薬二包合計五・二二六瓦を、被告人より没収する。」旨言渡した判決を破棄し「被告人を懲役一年に処する。判示(二)の麻薬所持の事実については、被告人は無罪」なる旨の言渡を為した。その理由の要旨を検討するに、「第一審裁判所が判示(二)の麻薬所持の事実を認定した証拠中、麻薬取締官作成の昭和三十年十月十一日付捜索差押調書によれば、本件の捜索差押は、被疑者有馬喜市に対する麻薬取締法違反被疑事件につき、同被疑者を緊急逮捕する必要があつたので、その現場において、捜索差押をしたというのであつて、その日時は、昭和三十年十月十一日自午後九時三十分頃至午後十時〇分頃、その場所は、大阪市西成区松田町一の一二番地被疑者住居となつており、捜索差押のてん末として、「本職等麻薬取締官四名は、昭和三十年十月十一日午後八時三十分頃大阪市浪速区霞町南海阪堺線霞町駅西側路上において、職務質問に依り、麻薬ヘロイン一袋約五瓦を所持して居た森上光枝を逮捕したが、同人が入手先である有馬喜市を自供したので、有馬宅に森上を連行の上、有馬を緊急逮捕すべく、おもむいた所、森上は、有馬喜市の長女より麻薬を受取つたと言うので、その娘に聞いた処、渡したことを自供した。本職等は、証拠いんめつのおそれがあつたので、任意に捜索した処、奥六畳の間(階下)の和ダンスの一番下の引出の新聞の下より、麻薬ヘロイン一袋(証第一号)を発見し、其の隣にあつたタンスの引出より、銀紙包(煙草)にしたヘロイン約二瓦を発見押収した。尚階下表の間のミズヤの上より、森上が麻薬一袋を包んで居た週刊朝日の切りのぞいた雑誌一冊(証三号)を押収した。其の後尚捜索を続行中有馬喜市が帰つて来たので、午後九時五十分頃緊急逮捕した」と記載せられている。従つて、(イ)右捜索差押は、有馬喜市の緊急逮捕に先だつて行われたことが明らかである。しかし刑事訴訟法第二百二十条の規定によつて行う令状によらない捜索差押は、緊急逮捕に着手した後に開始されなければならないことはいうまでもない。緊急逮捕に着手しないで捜索差押を先きに行うことは許されない。しかるに、本件は、有馬喜市不在のため、その緊急逮捕に着手しないで同人宅の捜索を開始し、殆んどその終る頃になつて帰宅した同人を緊急逮捕したことが明らかであるから、かかる捜索差押は、違法であるといわねばならない。(ロ)右捜索差押のてん末には、前記引用のように「……本職等は証拠いんめつのおそれがあつたので、任意に捜索した処……」とあるけれども、本件の被疑事実たる有馬喜市の森上光枝に対する麻薬の譲渡行為については、既に森上コト瀬上ミツヱが麻薬所持の現行犯として逮捕せられており、且つその現品も押収せられているのであるから、その譲渡行為に関する証拠いんめつを防止するため、捜索差押をするということは考えられないことである。従つて、本件の捜索差押は、別の麻薬の発見、すなわち、麻薬譲渡の被疑者について、別の麻薬の所持なる余罪の捜査のために、なされたものと解するの外はない。しかし、緊急逮捕の現場においてする捜索差押は、その逮捕の基礎である被疑事実に関する証拠品等に限られるべきものであつて、他の犯罪に関する物の差押等に及ばないものであるから、本件の捜索差押は、この点においても違法たるを免れない。(ハ)なお、捜索差押のてん末の中に、「任意捜索した処」との記載があり、且つ捜索差押の立会人は、有馬喜市及び有馬の長女と記載されていて、記録によると、右長女とは石橋通子のことであつて、当時十七才で商業高等学校二年に在学中のものであつたのである。本件の捜索差押が何を意味するかさえ十分に理解し難いと思われる少女に、麻薬取締官が家の中を見てもよいかと尋ね、どうぞ見て頂戴と答えたからと言つて、適法に同女の承諾を得て任意捜索をしたものと解するようなことは、全く恣意的な見解という外はない。捜査機関の申立を拒絶できることを十分に知つている者が、その拒絶権を行使しないで積極的に承諾を与えて始めて適法な同意があつたといえるのである。本件の捜索差押を、適法な承諾捜索と解することは到底できない(いわゆる承諾捜索が人権侵害の危険の多いのにかんがみて、犯罪捜査規範二〇八条の規定や、昭和二三年三月五日法務庁検務局長の通牒は、捜査官が任意捜査として住宅等に立ち入つて証拠物件の領置を行うことを禁止している)。以上説明の通り、本件捜索差押は、刑事訴訟法第二百二十条の規定に適合せず、且つ、令状によらない違法の捜索差押であるから憲法第三十五条に違反するものといわなければならない。従つてかかる違法の手続によつて押収された本件麻薬、その捜索差押調書等は、証拠として、これを利用することは禁止せられるものと解する。もし、違法に押収せられた物件も適法な証拠調を経たときは、証拠として利用できると解するならば、憲法の保障は有名無実になつてしまうであろう(昭和二三年七月一四日最高裁判所大法廷判決は「原判決は、所論の押収物件を犯罪事実認定の証拠としていないことは、判文上明白である。従つて、仮りに本件の捜索及び押収の手続に所論のような違法があつたとしても、それは、原判決に影響を及ぼさざること明白であるから、上告の理由とならないものと言わなければならない。」と判示して、憲法違反の手続によつて押収せられた物件を証拠とした場合は、原判決を破棄すべきことを前提としているように解せられる)。ところで、原判決の判示(二)の事実(昭和三十年十月十一日被告人自宅における麻薬ヘロインの所持)は、被告人の自白と、麻薬取締官作成の昭和三十年十月十一日付捜索差押調書及び右麻薬を鑑定した厚生技官中川雄三作成の昭和三十年十月十七日付鑑定書を補強証拠として、認定せられている。しかし、右の補強証拠は、いづれも、違法な捜索差押手続によるものであるから、証拠として利用することはできない。他に適法な補強証拠も発見できない以上、原判決(二)の事実は、被告人の自白だけで、これを認定することになるので、原判決は、破棄を免れないが、当審で直ちに判決できるものと認め、原判決確定の判示(一)の麻薬譲渡の事実をその挙示する証拠で認め、被告人を懲役一年に処し、原判決の判示(二)の麻薬所持の事実は、犯罪の証明がないから無罪とする」というのである。
しかしながら本件判決は、第一に、最高裁判所第三小法廷が、昭和二十四年十二月十三日被告人中野光男に対する強盗未遂銃砲等所持禁止令違反事件につき言渡した判例に相反する判断を為したものである。右最高裁第三小法廷言渡の判例の要旨は、弁護人の『大阪高等裁判所第九刑事部が「被告人中野光男は、法定の除外事由がないのに拘らず昭和二二年四月頃から昭和二三年四月上旬頃迄の間京都市伏見区景勝町三十五番地大垣マサ方において刃渡約三十糎の短力一振を所持したものである」との事実を認定し、その証拠として、押収にかかる短刀の存在を挙示しているが、その短刀は、押収権限のない司法警察吏が、被告人を強盗未遂被疑事件の現行犯人として、逮捕に引続き、同人宅の中庭戸棚の上に置いてあつたものを発見し、有力なる証拠品として、伏見警察署に持ち帰り、司法警察官が司法警察吏において押収権限のないところから、同署において自ら押収したように押収調書を作成したもので違法手続による押収物であるから,違法手続により訊問された訊問調書と同様憲法第三十五条に違反する証拠能力なきものである。他に被告人の自供以外に証拠がないから虚無の証拠によつて事実を認定した違法がある』との上告趣意に対し、記録綴込の押収調書によれば、所論匕首は、司法警察官警部補木畑清により伏見警察署において、適法に押収されたことが明であり、所論のように坂井巡査が不当に押収したものでないことがわかる。たとえ、押収手続に所論のような違法があつたとしても、押収物件につき、公判廷において適法の証拠調が為されてある以上(此のことは記録によつて明である)、これによつて事実の認定をした原審の措置を違法とすることは出来ない。押収物は、押収手続が違法であつても物其自体の性質、形状に変異を来す筈がないから、其の形状等に関する証拠たる価値に変りはない。其故裁判所の自由心証によつて、これを罪証に供すると否とは、其専権に属する。論旨では、訊問調書作成手続が違法の場合は、其調書の証拠能力なしとする理論を援用して押収手続に違法ある場合の押収物件の証拠能力を否定しようとするけれども、それとこれとは事柄の性質が違う。訊問調書は、供述を記載するのであり、供述は、訊問手続によつて導き出されるものであるから、訊問手続の違法は、供述の内容に影響を及ぼす虞があり、調書作成手続の如何により記載された内容の真偽(供述された通りに記載されたか否か)についての疑惑を生ずる虞がないでもない。しかし、押収物の場合は、押収手続に所論のような違法があつたとしても、それにより、物自体が形状性質等に何等影響を及ぼす虞れはないからである。従つて、論旨は採用し難い。というのである。すなわち押収物は仮りに押収手続に所論のような違法があつたとしても、押収物件につき、公判廷において、適法の証拠調がなされてある以上、これによつて事実の認定をした原審の措置を直ちに違法とすることはできない。押収物は押収手続が違法であつても、物其自体の性質形状に変更を来す筈がないから、其形状等に関する価値に変りはない。其故裁判所の自由心証によつて罪証に供すると否とは、其専権に属する旨判示しているのである。然るに本件大阪高等裁判所第二刑事部の判決は、右に反し第一審裁判所が検察官において、被告人の「自宅に麻薬を所持していた」旨の自白調書の補強証拠として提出した(イ)「麻薬取締官作成の昭和三十年十月十一日付捜索差押調書」及び(ロ)「厚生技官中川雄三作成の昭和三十年十月十七日付鑑定書」を証拠能力ありとして、公判廷において適法に証拠調を為した上(このことは、記録十一丁乃至十三丁にその旨の記載あることによつて明白である)、罪証に供したのであるにも拘らず、前記判示の如き理由により本件捜索差押手続が違法であるから、補強証拠としての証拠能力がないと判断しているのである。
思うに、罪証に供する証拠が所謂証拠能力を有するものでなければならないことは、憲法上の人権尊重の諸規定(憲法第三十一条乃至第三十八条等)刑事訴訟法第三百十九条乃至第三百二十八条の規定及び従来の判決例によつて明白である。しかして、その証拠能力を有する証拠であるためには、原則として、適法な手続によつて収集されたものでなければならないことは、右諸規定の趣旨に照して、これ亦当然なことであるが、例外的には、たとえ違法な手続によつて収集された証拠であつても、その証拠能力を認めなければならない場合のあり得ることは、今日少しく訴訟条理を弁知する者の当然に首肯しなければならないところである。尤もこの点は、違法に収集された証拠の許容性の問題として、近代国家における判例学説上大いに論議せられているところであるが、たとえ違法な手続によつて収集された証拠でも、その収集手続の違法が人権の尊重、並びに社会の正義感情からとうてい許容し得ない場合でない限り、そして特に再び証拠として収集することが不可能で、その性質形状等に変更を来すおそれのない場合であるならば例外的にその証拠能力を許容すべきであることは今日訴訟理論の上においても一般に是認されているところであり、前記最高裁判所第三小法廷の判決及別添参考判決等もこの趣旨を是認したものに外ならない。しかして、本件一件記録につき前記麻薬取締官が、本件被告人居宅を捜索するに至つた事情を検討するに、原判決に引用されている麻薬取締官前田勇作成の昭和三十年十月十一日付の捜索差押調書、第一審裁判所において適法に証拠調手続を経た検察官の被告人有馬喜市に対する供述調書、麻薬取締官の同被告人に対する第一回第二回各供述調書、検察官の瀬上ミツヱに対する供述調書、麻薬取締官の瀬上ミツヱに対する第一回第二回各供述調書、麻薬取締官の石橋通子に対する供述調書、並びに控訴裁判所において、事実の取調を為した麻薬取締官前田勇作成の近畿地区麻薬取締官事務所長島一郎宛の昭和三一年五月一七日付捜索時の状況報告書、及麻薬取締官の石橋通子に対する供述調書等の各記載を綜合すれば、麻薬取締官前田勇外数名が、昭和三〇年一〇月一一日午後八時三〇分頃大阪市浪速区霞町南海阪堺線霞町駅西側路上において、職務質問に依り、麻薬ヘロイン(実際は塩酸ジアセチルモルヒネ)一袋約五瓦を所持していた森上光枝(本名瀬上ミツヱ)を麻薬所持の現行犯人として逮捕し、その入手先を尋ねたところ、同人が、大阪市西成区松田町一丁目一二番地居住の有馬喜市から入手した旨供述したので、同日午後九時三〇分頃有馬宅に森上を連行の上、有馬を緊急逮捕すべく赴いたが、同人は不在であつた。しかし、同人の娘石橋通子(昭和一三年四月一〇日生)が留守居をしていた。すると森上がその娘から麻薬を受取つた旨供述するので、石橋通子に聞いたところ、中味は知らないが父から頼まれて水屋の棚から出して渡した旨供述した。中味は知らないと言つたが、知つておつて自ら、又は、父に伝えて、証拠いんめつするかも判らないので、同女を麻薬譲渡の容疑で一応緊急逮捕した上で、同家を捜索しようと思つたが、可愛想に思い逮捕を控え、同女の承諾を得て捜索するため、同女に「一応部屋を探させて貰つてもよいか」と尋ねたところ、同女が「どうぞ見て頂戴」と答えたので、留守居中の同女の承諾があれば、差支なきものと思い、同女を立会人として、同家の水屋や奥六畳の間等を捜索した。そして奥六畳の間の和ダンスの一番下の引出の新聞の下より、麻薬モルヒネ一袋約五瓦位(証一号)を発見し、其の隣りにあつたタンスの引出しより、銀紙包(煙草)にしたモルヒネ約一瓦(証二号)を発見し、表の間の水屋の上より、森下が麻薬一袋を包んでいた週刊朝日の切りのぞいた雑誌一冊(証三号)を発見し、なお捜索続行中有馬喜市が帰宅して来たので、捜索して発見した麻薬等を示したところ、最初自分の関知しないものであり、森上に麻薬を譲渡したこともないといづれも否認していたが、そこに森上もおり、娘通子も麻薬を渡した事実を認めるので、諦めて自白するに至つたので、同夜九時五〇分頃発見した麻薬等を押収すると共に、有馬を緊急逮捕した。そして、麻薬取締官事務所に引揚げた後同事務所で、麻薬取締官前田勇が、原判決に引用している捜索差押調書を作成したのであるが、留守居中の石橋通子の承諾を得て、同女の立会の下に捜索中麻薬等を発見していたところに有馬が帰宅したので、発見した麻薬等を同人に示した上で納得させて同人を緊急逮捕して持帰つたのであるから、将来法律上の手続が問題になること等については、考え及ばず、従来使用しておつた捜索差押調書用紙に捜索差押した顛末を記載したに過ぎないのであることが明白である。しかるに原判決は、(イ)刑事訴訟法第二百二十条の規定に反し、被告人有馬喜市の緊急逮捕に先だつて、裁判官の発した令状によらないで本件捜索差押手続が開始され、殆んどその終る頃になつて帰宅した同人を緊急逮捕したことが明らかであるから、違法であるというのであるが、麻薬取締官としては、有馬喜市を緊急逮捕すべく同家に赴いたところ、同人が不在であつたけれども、同人の緊急逮捕に先だつて捜索する必要があればこそ、留守居中の同人の長女石橋通子の承諾を得て、同女の立会の下に捜索を開始したのである。そして捜索続行中に有馬喜市が帰宅したので、同人を緊急逮捕し、その際捜索中発見した麻薬等の証拠品を、同人に示し、充分同人に納得させた上持帰つたのである。此の経過を仔細に検討するとき当初の手続は有馬喜市の逮捕手続に時間的に密接し、後の正当手続に包摂せしめて考察せられ得べく一応適法性を有つに至つたものと解し得べきところと思料される。(ロ)原判決は、なお「本件捜索差押調書の顛末に、証拠いんめつのおそれがあつたと記載されているけれども、本件の被疑事実たる有馬喜市の森上光枝に対する麻薬の譲渡行為については、既に森上コト瀬上ミツヱが麻薬所持の現行犯として逮捕せられており、且つその現品も押収せられているのであるから、その譲渡行為に関する証拠いんめつを防止するため、捜索差押をするということは考えられないことである。従つて本件の捜索差押は、別の麻薬の発見、すなわち、麻薬譲渡の被疑者について、別の麻薬なる余罪の捜査のためになされたものと解するの外はない。しかし、緊急逮捕の現場においてする捜索差押は、その逮捕の基礎である被疑事実に関する証拠品等の差押等に限られるべきものであつて、他の犯罪に関する物の差押等に及ばないものであるから、この点においても、違法たるを免れない」というのであるが、この判旨は犯罪捜査の実状を知らない全く独断的な見解というの外はない。すなわち、原判決は「被疑者たる有馬喜市の森上光枝に対する麻薬の譲渡行為については、既に森上こと瀬上ミツヱが、麻薬所持の現行犯として逮捕せられており、且つ、その現品も押収せられているのであるから、その譲渡行為に関する証拠いんめつを防止するため、捜索差押をするということは考えられないことであると」判示しているが、被疑者有馬が瀬上に麻薬を譲渡しない旨合理的に弁解したり、他人に頼まれて中味を知らずに譲渡したのであると主張したりすると、たとえ瀬上が有馬から麻薬を譲受けたことを供述し続けたとしても、疑問の余地を生ぜしめる危険があり、もし又瀬上が麻薬を譲受けたのは有馬やその娘通子でなく他の者であると供述を変更した場合、或は、現実に麻薬を渡したと石橋通子が、現実に麻薬を渡した行為を否認した場合を想起すれば、有馬の麻薬譲渡行為に関する証拠は、瀬上の麻薬所持の現行犯としての逮捕やその現品だけの押収等で満足すべきではない。進んで、被疑者有馬が、自宅に瀬上に譲渡した麻薬と同種の麻薬を隠匿していないか、瀬上に譲渡した麻薬の包装紙の残りが残存していないか、その譲渡取引に関する何等かの記帳等はないか、瀬上との交渉関係等を知悉できる日記等はないか、麻薬取引から得た金銭関係を証明する物件等はないか等の証拠の発見に努めるのは、捜査の常道である。さらに、原判決は「証拠いんめつのおそれが考えられないから、麻薬の譲渡行為の余罪捜査のためになされたものと解する外はない。余罪捜査のための捜索差押は、本件の場合許されない違法のものである」と、判示しているが、被疑者有馬の瀬上に対する麻薬の譲渡行為について、瀬上が麻薬所持の現行犯として逮捕せられ、且その現品が押収せられているとしても、これに関する証拠収集の必要あること前記の通りである。現に、本件の捜索において、瀬上が所持して麻薬の包紙である週刑朝日の切り除いた残りの雑誌一冊(証三号)が発見されて押収されていることは、判示に引用している捜索差押調書の記載によつて明白である。譲渡した麻薬以外の麻薬の発見も、麻薬の譲渡行為の補強証拠になるばかりでなく、その麻薬の譲渡行為が反覆累行せられ営利の目的でなされたものであるかどうかの証拠の一部にも、活用できる場合があるのであるから、捜索によつて、新たに発見された麻薬について、別罪が成立することがあつても、本件の如き捜索差押を、直ちに、麻薬の譲渡行為に関連のない余罪捜査のためになされたもので、違法たるを免れないと断定するのは、独断的見解であるといわなければならない。(ハ)なお原判決は「本件の捜索に際り、麻薬取締官が、留守居中の石橋通子に、家の中を見てよいかと尋ね、同女がどうぞ見て頂戴と答えたとしても、同女は、当時十七才で商業高校二年に在学中の者で捜索差押が何を意味するかさえ十分に理解し難いと思われる少女であるから、適法な同意に基く承諾捜索と解することは到底できない(いわゆる承諾捜索が人権侵害の危険の多いのにかんがみ、犯罪捜査規範二〇八条の規定や、昭和二三年三月五日法務庁検務局長の通牒は任意捜査として住居等に立ち入つて証拠物の領置を行うことを禁止している)」と判示している。この点、判示している犯罪捜査規範二〇八条の規定や、法務庁検務局長の通牒の趣旨等にかんがみ、多少趣旨に副わない点があるかも知れないが、石橋通子が本件捜索を承諾するに至つた経緯について「刑事さんがこの包は麻薬といつて持つていては悪い薬なのです。もう残つていませんかと、聞かれたが、私は本当に未だあるか、どうか、判りませんでしたので、さあと答えましたところ、一度今家の中を見せて貰つてよいでしようかと、聞かれましたので、私はどうぞ見て頂戴と言つて、刑事さんに上つて貰い、タンスの引出等を一緒に見ましたところ、そのタンスの引出の底から白い紙に包んだ薬のような粉が出て来ましたので、刑事さんはそれをとり出された」旨供述している(記録一三九丁裏五行目から一四〇丁表四行目まで)ので、本件捜索について、相当の理解はあつたものと認められるのみならず、同女が瀬上ミツヱに麻薬を直接渡したものであることは連行して行つた瀬上ミツヱが供述するのであるから、石橋通子が、中味を知らずに渡したと一応弁解したとしても、瀬上が屡々自宅に出入していたことも知つていたと、認められる(このことは記録二六丁裏七行目から一一行目まで及び記録一三九丁裏二行目から四行目までの各記載によつて明白である)ので、一応石橋通子を、瀬上ミツヱに麻薬を譲渡した被疑事実によつて、緊急逮捕を為し、その際刑事訴訟法第二百二十条第一項第二号の規定に基く捜索をすれば、適法なる手続により押収がなされた筈であるのに、同女を逮捕することを可愛想に思い、これを差控えて、同女の承諾を求め、同女の承諾を得て、その立会の下に捜索を開始し、その終り頃に、被告人が帰宅したので、同人に発見した麻薬等を示して同人を納得させて緊急逮捕をした上、発見した麻薬等を麻薬取締官事務所に被告人有馬の身柄と共に引揚げたのであるから、此の程度の不当性は、こと少くとも本件のような「麻薬事件」に関するかぎりその捜査の特殊事情性の理由により看過せらるべきものと思料せられ、捜索差押手続に於ける原判決の摘示の如き瑕疵があつたとしても、(ニ)公訴事実については、被告人は、終始その事実を告白しており、単にその補強証拠としての捜索差押調書及びこれに基く鑑定書の証拠能力の問題であるから、前述の如く、いずれの点より観察するも、人権尊重、社会正義の感情から、どうしても許容し得ない場合に該当しない例外的な場合と認められる。すなわちその証拠能力を認むべき場合に該当するものと見らるべきに拘らず、第一審裁判所が適法に証拠調を為した上、事実認定の証拠とした本件の捜索差押調書及びこれに基く鑑定書の証拠能力を、否定した点において、右最高裁第三小法廷の判例と、相反する判断をした非違を存するものといわなければならない。第二に、東京高等裁判所第八刑事部が昭和二十八年五月十九日被告人仲島栄治外一名に対する銃砲刀剣類所持取締令違反、火薬取締法違反事件につき言渡した判例と相反する判断をなしたものである。すなわち、右東京高等裁判所第八刑事部言渡の判例の要旨は「逮捕当時における被告人の右拳銃の所持は違法性を欠き、これを犯罪ということはできず、従つてこれを現行犯人として逮捕し差押を行つた司法警察員の措置は違法たるを免がれない。しかしながら、原審が罪証に供した書面のうち、所論の逮捕手続書及び差押調書は、原審第二回公判廷において、その余の被告人の司法警察員及び検察官に対する供述調書は、原審第三回公判廷において、いずれも被告人及び弁護人がこれを証拠とすることに同意し、異議なく適法な証拠調を得たものであり、且つ右各供述調書の任意性についても,何等争がなかつたものであることは、右各公判調書の記載によつて明かであるから、如上各書面は逮捕手続の違法であつたかどうかにかかわらず、証拠能力を有するものであつて、前記各書面を罪証に供した原審の措置には何等判決に影響を及ぼすような違法を認めることはできない。従つて論旨は結局理由がない」と判示している。ところで本件について、これを見るに、仮りに本件捜索差押手続が違法であつたとしても、その捜索差押に基いて集取せられた本件麻薬取締官作成の昭和三十年十月十一日附捜索差押調書及び該差押麻薬を鑑定した厚生技官中川雄三作成の昭和三十年十月十七日附鑑定書は、いずれも第一審裁判所に顕出せられ、被告人及び弁護人において何等の異議なく証拠とすることに同意したので、証拠能力ありとして公判廷において適法に証拠調を履践し、第一審判決の罪証に供されたことは、本件記録によつて明かである。(記録一一丁乃至一三丁)刑事訴訟法上不任意の供述調書以外の書面を証拠とすることに同意したとき、それが相当でない場合を除いては、証拠能力を有することは刑事訴訟法第三二六条の規定により窺えるところである。果してそうだとすれば、原審判決が違法な集取による証拠と断定した右麻薬取締官前田勇作成の捜索差押調書及び該差押にかかる麻薬を鑑定した厚生技官中川雄三作成の鑑定書は、前叙の通り、被告人等において何等の異議なくそれを証拠とすることに同意しており、その同意による証拠能力附与の当否については、その書面の作成せられたときの状況及び真実性の有無を慎重に考慮してもその相当性を否定すべき何にものも存在しないので、証拠能力を有し、当然罪証に利用し得べきものと解さなければならない。それにもかかわらず、本件判決は此点を看過し、漫然と右捜索差押調書及び鑑定書を違法な捜索差押手続によつて集取した証拠として排除したのは前記東京高等裁判所の判例とも相反する判断をした非違を存するものといわなければならない。以上右第一第二記述の理由により明らかな如く原判決は最高裁判所並びに高等裁判所の判例に背反し、刑事訴訟法第四百五条第二号若くは同条第三号に該当する事由があり、しかも右二つの判例は、いずれも正当として飽くまでも維持せらるべきものなること論なきをもつて畢竟原判決は破棄を免れないものと思料し、ここに上告に及んだ次第である。
(添付判例省略)